リュクシア②
寮を出ると、夕暮れの赤が石畳を静かに染め上げていた。
空は茜色から群青へと移り変わり始め、学園の尖塔が長い影を落としている。
「……行くぞ」
レオンが短く言った。
隣でミレアが小さく頷く。
二人が向かう先は、ヴァルグラントの治療院だった。
転移施設へ足を踏み入れる。
淡い光が床の魔法陣を走り、空気が震える。
次の瞬間——視界が白く弾けた。
目を開ければ、そこは見慣れたヴァルグラントの街並みだった。
夕暮れの往来。行き交う人々。聞き慣れた喧騒。
けれど以前より、どこか空気が静かだった。
「……あら」
不意に声がかかる。
「レオンとミレア。お久しぶりですね」
二人が振り向く。
そこに立っていたのは、レイだった。
「……レイ」
レオンが短く返す。
「久しぶり」
ミレアも柔らかく微笑む。
「ええ。本当に」
レイも笑みを返した。
だが、その表情には薄く陰が差している。
「……シンのところへ?」
「ああ。今から行く」
レオンが答える。
一瞬、沈黙が落ちた。
街を吹き抜ける風が、レイの髪を揺らす。
「……本当に、やんちゃなんだから」
ぽつりと漏れた声は、どこか寂しげだった。
「昔からそうなんです」
レイは視線を落とす。
「危ないことになると、いつも私を置いて……二人だけで行っちゃうんです」
悔しさ。
置いていかれる寂しさ。
そんな感情が滲んでいた。
ミレアは何も言わず、そっとレイの肩に手を置く。
「……でも、無事だった」
優しい声だった。
「……ええ」
レイが小さく頷く。
その時だった。
「……なんとか出来るかもしれない」
レオンが静かに口を開く。
レイの顔が上がる。
「……え?」
「シンの足だ」
短く告げる。
「戻るかもしれねぇ」
一瞬、レイの呼吸が止まった。
「……本当、ですか?」
「まだ確定じゃない」
レオンは誤魔化さなかった。
「でも、可能性はある」
レイの瞳が揺れる。
信じたい。
けれど怖い。
その二つの感情が、胸の中でせめぎ合っているのが見て取れた。
「……行こう」
ミレアが優しく促す。
三人は並んで、治療院へと向かった。
◇
治療院の扉を開けた瞬間、鼻を突く消毒薬の匂いが広がった。
静かな空気。
遠くから聞こえる足音。
受付で案内を受け、シンの病室へ向かう。
部屋の前で、レオンはわずかに立ち止まった。
そして——扉を開ける。
「……」
視界に映ったのは、ベッドに腰掛けるシン。
そしてその周りには、母、妹、そしてファルガの姿があった。
家族全員が揃っている。
「……よぉ」
シンが軽く手を上げる。
だが次の瞬間には、いつもの調子を作るように口元を歪めた。
「なんだよ。また見舞いに来たのか?」
「……うるさい」
レイが小さく返す。
そのやり取りに、少しだけ部屋の空気が和らいだ。
「で?」
腕を組んだファルガが低く言う。
「ついさっき別れたばっかだろう。どうした?」
レオンは真っ直ぐシンを見据えた。
「話がある」
短く告げる。
そして、寮で交わした話を全て伝えた。
魔鉱岩。
義肢。
魔力操作。
一つ一つの言葉が、静かに部屋へ落ちていく。
誰も口を挟まない。
ただ、息を呑みながら聞いていた。
「——歩ける可能性がある」
その一言が落ちた瞬間。
「……マジか!!」
ファルガが勢いよく立ち上がった。
椅子が大きな音を立てる。
「親父、落ち着けって」
シンが苦笑する。
だが、その声はわずかに震えていた。
レオンは続ける。
「……ただし、条件がある」
全員の視線が集まった。
「魔鉱岩を扱うには、魔力操作が必要だ」
「魔力……」
シンが小さく呟く。
「そうだ」
レオンは頷く。
「だからお前には、武技を完全に自分のもんにしてもらわなきゃならねぇ」
部屋が静まり返る。
「動かす感覚。形を意識する感覚」
レオンは言葉を続ける。
「武技の延長ってことか」
ファルガが低く呟いた。
「……ああ」
レオンが頷く。
「今のうちに慣れとけ」
その視線が、真っ直ぐシンへ向く。
「俺たちは取りに行く」
「……どこに?」
レイが尋ねる。
「リュクシアだ」
空気が、わずかに張り詰めた。
ファルガが眉を寄せる。
「……お前ら、あそこがどういう場所か分かって言ってんのか?」
低い声だった。
「危険だ」
「分かってる」
レオンは即答した。
「でも、必ず手に入れて戻る」
真っ直ぐな言葉だった。
シンとレオンの視線がぶつかる。
「……お前は」
レオンが静かに言う。
「その間に、武技を使いこなせるようになってくれ」
一拍。
そして——
「余裕だろ?」
静かな挑発。
一瞬、シンが目を細める。
その口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「……言ってくれるじゃねぇか」
瞳の奥に、先ほどまで無かった熱が宿る。
「やってやるよ」
短く。
だが力強く。
隣でファルガが小さく笑った。
「その意気だ」
レイは涙を浮かべながらも、確かに微笑んでいた。
母も、妹も、何も言わない。
けれど、その表情に浮かぶ想いは同じだった。
——希望。
まだ小さな光。
それでも確かに、そこに存在していた。




