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可能性

寮の扉が、静かに閉まった。

 廊下から聞こえていた喧騒が遮断され、部屋の中に重たい静寂が落ちる。

 誰もすぐには口を開かなかった。

「……出ていいよ」

 やがて、ミレアが小さく呟く。

 彼女が抱えていた鞄が、もぞりと揺れた。

 次の瞬間——。

 ばさり、と鞄の口が開く。

「——ああ、狭かった」

 白い影が飛び出した。

 床へ軽やかに着地したケンジャは、そのまま背を伸ばし、凝り固まった身体をほぐすように肩を回す。

 だが、その頭上へ——。

 ドンッ!!

「アホかテメェ」

 容赦なく振り下ろされたニクスの足が、ケンジャを床へ叩き潰した。

「勝手に外に出やがって! 誰かに見られたらどうすんだ!」

「やめろ。潰れる」

「知らねぇよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。

 いつもなら、誰かが呆れ、誰かが笑っていた。

 だが——今日は違う。

 誰も乗らない。

 空気は沈んだままだった。

 その重苦しさを感じ取ったのか、ユージンが静かに口を開く。

「……僕は、今回の任務報告をしてくるね」

 穏やかな声だった。

「教官には、できるだけ早く伝えるべきだろうし……」

「……任せる」

 壁にもたれたまま、レオンが低く返す。

 ユージンは小さく頷いた。

「うん」

 それだけ言って、部屋を後にする。

 扉が閉まり、再び静寂が訪れた。

 残されたのは、レオン、ニクス、ミレア、リシェル——そして一匹。

 重い沈黙。

「……で」

 最初にその沈黙を破ったのは、ニクスだった。

「あいつ、どうすんだよ」

 誰もすぐには答えない。

 レオンは視線を落としたまま動かず、ミレアは不安げに手を握り締める。リシェルもまた、静かに考え込んでいた。

「……なんとかしてやりてぇけど……」

 ぽつりと、レオンが漏らす。

「皆んな同じ気持ちだろ……」

 ニクスは即座に返した。

 だが、その声音には焦りが滲んでいる。

「でもよ……現実問題——」

 そこで言葉が止まった。

 続きを口にしたくなかった。

 “どうしようもない”。

 その結論へ辿り着きかけていることを、自分自身が理解していたからだ。

 その時だった。

「——付ければいいだろう」

 唐突な声が、静寂を裂いた。

 全員の視線が、一斉に向く。

「……は?」

 ニクスが眉をひそめる。

 ケンジャは当然のような顔で立っていた。

「失ったのなら、補えばいい」

 淡々とした口調。

「……何言ってんだお前」

 苛立ち混じりに睨みつけるニクス。

 だが次の瞬間、その表情が止まる。

「……お前のそれ」

 視線が、ケンジャの身体へ向けられる。

「どうやって動かしてるんだ」

 空気が変わった。

 レオンも、ミレアも、リシェルも。

 全員の視線が、ケンジャへ集まる。

 白い身体。

 そして——そこに取り付けられた義手と義足。

 本来、ケツァルコアトルに手足は存在しない。

 なのに。

 それはあまりにも自然に動いていた。

 違和感など微塵もない。

 まるで、生まれつき自分の身体であったかのように。

「……これか?」

 ケンジャは軽く腕を持ち上げた。

 そして——。

 カチリ、と乾いた音を鳴らし、義手を外す。

 外装がずれる。

 二の腕。

 太腿。

 その内部に埋め込まれていたものを見て、ミレアが息を呑んだ。

「……っ」

 そこにあったのは、大きな魔石だった。

「これは魔鉱岩」

 ケンジャが淡々と説明する。

「純度の高い魔石だ。通常の魔石とは、魔力伝達効率が段違いに良い」

 コン、と指先で軽く叩く。

「これに魔力を流す」

 次の瞬間。

 義手が、滑らかに動いた。

 指が曲がる。

 開く。

 まるで生身の腕のように。

「そして、“動かす”とイメージする」

 義足も同じように自然に動く。

「それだけだ」

 部屋が静まり返る。

「……普通の戦士なら」

 ケンジャは続けた。

「魔力を扱う感覚そのものが分からん」

 ちらり、とレオンを見る。

「だが、あの小僧は違う」

「……シンが?」

 ミレアが小さく尋ねる。

「武技が使える」

 ケンジャは頷いた。

「身体強化の過程で、既に魔力の輪郭を掴んでいる」

 短い沈黙。

 そして。

「特訓すれば——」

 静かに、言い切る。

「歩く程度なら、可能かもしれんな」

 誰も言葉を発せなかった。

 だが確かに。

 そこには、“ゼロではない可能性”が落ちていた。

 レオンが、ゆっくりと顔を上げる。

「……やり方、教えろ」

 短く告げる。

 ケンジャはわずかに口元を歪めた。

「いいだろう」

 どこか楽しげに。

「個人的にも、実験としては興味がある」

「実験言うな」

 ニクスが小さく舌打ちする。

 けれど——。

 もう、先ほどまでの空気ではなかった。

 絶望ではない。

 “やるべきことがある”。

 そんな空気へと、少しずつ変わり始めていた。

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