文献
「……教国に、居たのかい?」
霞で視界がボヤける中、ユージンが静かに問いかけた。
その声音は穏やかだったが、瞳の奥には隠しきれない緊張が滲んでいる。
賢者はそれを気にした様子もなく、肩を竦めた。
「教国“にも”だな」
あっさりとした返答だった。
「一つの国に留まる理由がない。私は何度も生まれ直しているからね」
まるで旅の話でもするような口調。
だが、その一言の重みは尋常ではない。
「教国、王国、自由都市、辺境――ほとんどの国で生きているよ」
空気が、わずかに張り詰めた。
その場にいる誰もが感じていた。
目の前にいるのは、只の魔物ではない。
――歴史そのものだ。
長い沈黙のあと、レオンが一歩前へ出る。
「……なら」
真っ直ぐに賢者を見据える。
「古の大戦について、知ってるか」
低い声だった。
だが、その奥には揺るがぬ意志が宿っていた。
賢者は僅かに目を細める。
「……古の大戦、ね」
その瞬間だった。
「その前に一つ」
ユージンが口を開いた。
「僕たちの目的を説明しておくべきだね」
皆へ視線を向け、静かに続ける。
「今回の任務は――ケツァルコアトルの卵の入手」
一拍置く。
「教国へ向かうために…交渉材料として必要なんだ」
すると賢者は「あー……」と声を漏らし、納得したように頷いた。
「なるほどねぇ。ゲテモノ好きの貴族どもの依頼で、ここまで来たわけか」
「……言い方」
ユージンが苦笑する。
否定はしなかった。
賢者は軽く肩を回し、再びレオンへ視線を戻す。
「まぁいい」
一息ついたケンジャは語り始める
「古の大戦――」
一瞬、言葉を区切る。
「いや、もっと正確に言うのであれば…」
賢者の口元が、わずかに歪む。
「“魔族大戦”のことだね」
その場の空気が静まり返る。
そして賢者は、遠い過去を思い返すように目を伏せながら語り始めた。
◇
――教国に伝わる文献は、こう記している。
かつて世界を支配していた者たちがいた。
魔族。
彼らは世界の“理”そのものを理解し、操る存在だった。
海を唸らせ、巨大な津波を生み出す。
大地を揺らし、山を裂き、地割れを起こす。
空を灼き、天から無数の炎を降らせる。
その力は、もはや災害そのもの。
人が抗える領域ではなかった。
だが――
彼らには“固有魔法”という概念が存在しない。
一つの属性に縛られることなく、あらゆる現象を引き起こす。
それが魔族。
理の外側に立つ者。
人の理解を超えた存在。
彼らは気まぐれに世界を蹂躙した。
本能のままに命を奪い、国を滅ぼし、文明を焼き払った。
人々は怯え、逃げ惑うしかなかった。
絶望だけが世界を覆っていた。
――だが。
その闇の中で、立ち上がる者たちが現れる。
七人の英傑。
エルナディア。
ルミナリア。
バルディオス。
ゼルガリア。
アルケイア。
シークナス。
リヴァリア。
それぞれの地を背負う英雄たち。
彼らは魔族の力を“観測”した。
災害を見つめ、理を解析し、その力を模倣する。
そして、人の身で扱える形へと落とし込んだ。
それこそが――
“魔法”。
人類が初めて手にした、“理への干渉”。
七人は力を合わせ、魔族へ挑んだ。
長き戦い。
幾千もの犠牲。
血に染まる大地。
それでも彼らは戦い続けた。
そしてついに――
魔族は滅びる。
世界に平和が訪れた。
崩れた文明は再び築かれ、人々は魔法と共に新たな時代を歩み始める。
――それが。
教国が記す、“魔族大戦”の全貌。
◇
語り終えた賢者は、小さく息を吐いた。
「……まぁ」
肩を竦める。
「“教科書通り”に話すなら、こんなところだな」




