霧中の反応
――賢者の言葉が、ふつりと途切れた。
その瞬間、場に沈黙が落ちる。
誰も、すぐには口を開けなかった。
語られた内容が、あまりにも現実離れしていたからだ。
悠久の時間。
失われた歴史。
そして、人智を超えた存在――。
霧に包まれた空間は静まり返り、微かな風の音だけが耳を掠めていく。
やがて、その沈黙を最初に破ったのはレオンだった。
「……魔力を、引き抜く……だと」
低く押し殺した声。
怒りとも警戒ともつかない感情が滲む。
その言葉に、ぴくりとユージンの表情が変わった。
「……それは……」
一歩、前へ出る。
眼鏡の奥の瞳が揺れていた。
「アルケイアの技術と同じだ……」
静かな呟き。
だが、その一言が空気を一変させた。
張り詰める緊張。
ニクスが眉をひそめる。
「……は?」
隣では、リシェルも細く目を眇めていた。
だが、その時だった。
「……っ!」
ミレアが勢いよく顔を上げる。
「反応……!」
一斉に視線が集まった。
「どこだ」
レオンが即座に問う。
ミレアは霧の奥を睨みながら、ゆっくりと指を差した。
「……あそこ」
白く濁る霧の向こう。
視界の届かない先。
しかし、ミレアの表情は晴れない。
「……でも」
言葉を迷う。
「……動かない」
「……は?」
ニクスの眉間に皺が寄る。
「魔力反応はある……けど、微動だにしてない」
異常だった。
魔物なら動く。
人間なら気配が揺れる。
だが、その反応は違う。
まるで――ただ“そこに存在しているだけ”。
そんな不気味さがあった。
レオンは腰の武器へ手を添えたまま、短く告げる。
「……行くぞ」
全員が警戒を崩さぬまま歩き出す。
霧を裂くように、一歩ずつ慎重に進む。
足音だけが静かに響いた。
一歩。
また一歩。
そして――。
「……っ」
不意に、視界が開けた。
そこにあったのは――一本の剣。
黒く歪んだ刀身。
刃から滲み出る禍々しい魔力は、周囲の空気すら淀ませていた。
見間違えるはずがない。
「……ガリューンの……」
ニクスが低く呟く。
「魔剣か……」
リシェルが静かに分析する。
その前へ、一人の男が歩み出た。
ファルガだった。
彼は何も言わず、剣の前に立つ。
そして、躊躇なくその柄を掴んだ。
「……」
ぎしり、と手に力がこもる。
その瞬間、脳裏に蘇る。
シンの悲鳴。
飛び散った鮮血。
砕かれた脚。
伝えられた光景が、焼き付いたように脳裏を支配する。
怒りが、胸の奥で煮えたぎった。
「……クソが」
低く吐き捨てる。
その時だった。
「おぉ……」
場違いなほど軽い声が響く。
賢者だった。
興味深そうに目を細めながら、魔剣へ近づいてくる。
「これが……」
老人は感慨深げに剣を見つめる。
そして。
「……私の研究の成果だよ」
どこか誇らしげに、そう言い切った。
次の瞬間――。
「――あ?」
鈍い衝突音が響いた。
小柄な賢者の身体が地面へ叩きつけられる。
「……元凶はてめぇかよ!!」
ニクスだった。
賢者を足で踏みつけ、怒気を剥き出しにしている。
その目には、隠しようのない殺意が宿っていた。
「ニクス、やめて!」
ユージンが慌てて止めに入る。
「今は話を聞くべきだ!」
「チッ……!」
舌打ちしながらも、ニクスは足を退けた。
だが視線だけは鋭く賢者を射抜いたままだ。
完全に敵を見る目だった。
一方、賢者はというと――。
「……乱暴だな」
まるで気にした様子もなく身体を起こし、服についた土を軽く払う。
その飄々とした態度が、余計に周囲の神経を逆撫でした。
しかし、その時。
「……要は」
低く口を開いたのはファルガだった。
魔剣を握ったまま、鋭い視線を賢者へ向ける。
「こいつの研究を……アルケイアが流用してたってことか」
その一言で、全員の認識がひとつに繋がる。
だが――。
「……アルケイア?」
賢者が怪訝そうに眉をひそめた。
「何故アルケイアが、私の極秘研究を知っている?」
本気で疑問に思っている声音だった。
誰かを騙すような色はない。
「私の記憶が正しければ――」
賢者はゆっくりと前へ出る。
「その研究は……教国エルナディアで行っていたはずだぞ?」
静かに。
だが、はっきりと言い切った。
――空気が凍りつく。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
アルケイア。
教国エルナディア。
そして、魔装兵器。
今までバラバラだった点と点が。
不気味なほど鮮明に、一本の線として繋がり始めていた。




