ケツァルコアトル ケンジャ
倒れていた仲間たちが、鈍い痛みに顔を歪めながらゆっくりと身を起こす。
砕けた岩盤。焼け焦げた大地。空気に残る濃密な魔力の残滓。
誰もが言葉を失ったまま、自然と“前方”へ視線を向けていた。
そこにいたのは――山そのもののような巨躯。
白銀の鱗。
空を覆うほど巨大な翼。
ただ存在しているだけで周囲の空気を震わせる、圧倒的な生命の格。
ケツァルコアトル。
神話の怪物そのものだった。
敵意は感じる。
だが、不思議なほど動く気配がない。
「……なんだよ、あれ……」
ニクスが低く呟く。
その隣で、レオンは無言のまま巨大な存在を見据えていた。
おかしい。
確実に、何かが噛み合っていない。
殺気はある。
威圧感もある。
なのに――襲ってこない。
まるで、こちらを観察しているような……そんな違和感。
その時だった。
「……おい」
ニクスの声が僅かに鋭くなる。
視線の先。
瓦礫の陰に、小さな影が立っていた。
白い鱗。
未成熟な翼。
そして何より異様だったのは、その身体に取り付けられた義手と義足。
「……何なんだ、おめぇ……」
ニクスが一歩前へ出る。
警戒を隠そうともせず、その小さな存在を睨みつけた。
「アルケイアの魔装兵器獣か?」
問いかけに、小さな個体はきょとんとしたように瞬きをする。
そして、ゆっくりと首を傾げた。
「……まそう、へいきじゅう?」
本当に聞き覚えがない――そんな反応だった。
「……なにそれ?」
場の空気が微かに揺れる。
「……は?」
ニクスが眉をひそめた。
演技には見えない。
少なくとも、レオンにはそう感じられた。
すると今度は、座り込んだままだったユージンが静かに口を開く。
「……魔装兵器獣じゃないのなら」
穏やかな声音。
しかし、その瞳は鋭く細められていた。
「君は何者なんだい」
そして、さらに核心へ踏み込む。
「――なぜ、人の言葉を話せる?」
その瞬間、空気が張り詰めた。
誰も口を開かない。
レオンもまた、小さな存在から目を逸らさずにいた。
すると――
「……うーん」
小さなケツァルコアトルは困ったように唸り、少しだけ視線を落とした。
まるで答え方を考えるように。
やがて、小さく息を吐く。
「私の名は……」
そこまで言って、言葉を止めた。
「あー……いや、今の私は」
自分の身体を見下ろす。
義手。
義足。
未成熟な翼。
そして、その背後に佇む“本来の姿”。
「……ケツァルコアトルの幼体、と言うべきかな」
淡々とした口調だった。
だが、その内容はあまりにも常識外れだった。
仲間たちの表情が強張る。
そんな中、小さな存在は静かに一歩前へ出る。
小柄な身体。
それでも、その仕草には奇妙なまでの威厳が宿っていた。
「――だが」
静かな声が響く。
「それでは、少々つまらない」
ふっと口元を緩める。
「名とは、個を定義するものだからね」
誰も口を挟めなかった。
その場にいる全員が、無意識のうちに圧倒されていた。
やがて、小さな存在は満足げに頷く。
「……そうだな」
一瞬の静寂。
風が止まる。
背後にそびえる巨大なケツァルコアトルさえ、微動だにしない。
「私の名は――」
そして。
「――ケンジャ」
静かな声。
だが、その名は不思議なほど重く、深く胸に響いた。
「……あえて、そう名乗らせてもらおうか」
白い翼が微かに揺れる。
同時に、その背後で。
巨大なケツァルコアトルが、低く鳴いた。
まるで――その名を認めるかのように。




