ケツァルコアトル 白鱗の異端
土煙が、戦場を覆っていた。
崩れた大地。砕け散った岩肌。暴れ狂った痕跡だけが、生々しく残されている。
「……ガリューン!」
切羽詰まったデミラの声が響く。
その頃にはすでに、グラナスが駆け寄っていた。
地に沈んだガリューンを抱き起こす。
「……チッ」
舌打ち。
腹部を抑え、呼吸も荒い。血の匂いが濃い。
一目で分かった。
――戦闘継続は不可能だ。
グラナスは険しい目で周囲を見渡す。
視界の先では、ケツァルコアトルがなおも暴れ続けていた。巨体が動くたび、大地が震える。
あれとこの状態で戦うなど、自殺行為に等しい。
「……撤退だ」
低く、短い声。
「はぁ? まだやれ――」
「これ以上は無理だ」
デミラの言葉を遮る。
グラナスの声音に感情はなかった。
ただ、生存を最優先にした冷徹な判断だけがある。
「任務より、生き残ることを優先する」
「……チッ」
デミラは不満げに舌打ちしたが、それ以上は何も言わなかった。
弓を下ろし、肩を竦める。
「了解だよ…」
軽口を残しながら、霧の奥へ後退していく。
グラナスはガリューンを抱え、その後を追った。
やがて――
アルケイアの気配が、戦場から完全に消える。
あとに残されたのは。
荒れ果てた大地と。
倒れ伏した者たちだけだった。
「……っ……」
レオンが地面に伏している。
ニクスも。
リシェルも。
ファルガも。
誰一人、動かない。
静寂。
その中で、かすかな呼吸音だけが響いていた。
「……はぁ……っ、はぁ……」
ユージンが、震える腕で身体を起こす。
その隣では、ミレアも息を荒げながら立ち上がろうとしていた。
「……みんな……」
視線を巡らせる。
惨状だった。
無事と言える者は、一人もいない。
「レオン……!」
ユージンが這うように近づき、手をかざす。
淡い光が灯る。
回復魔法。
優しい輝きが、レオンの傷をゆっくり塞いでいく。
だが――
「……っ」
不意に。
光が遮られた。
影が落ちる。
空気が、凍りつく。
嫌な予感に、ユージンはゆっくり顔を上げた。
そこにあったのは――
巨大な頭部。
ケツァルコアトルだった。
「……っ……!」
息が止まる。
近い。
近すぎる。
巨大な黄金の瞳が、すぐ目の前でこちらを見下ろしている。
逃げ場など、ない。
それは完全な“死の距離”だった。
誰も動けない。
その時だった。
「キィィィィッ!」
甲高い鳴き声が、戦場に響き渡る。
ケツァルコアトルのものではない。
鋭く、高く、どこか幼さを感じさせる声。
「……?」
巨大な竜の頭が、わずかに動いた。
視線が横へ流れる。
ゆっくりと。
確認するように。
ケツァルコアトルは、その“何か”へ顔を近づけた。
そして――
動きを止める。
「……っ」
その隙に。
レオンの意識が戻った。
「……ここは……」
霞む視界。
だが次の瞬間、記憶が一気に蘇る。
レオンは反射的に跳ね起きた。
剣を掴む。
構える。
だが――
「待て」
声がした。
すぐ近く。
落ち着き払った声。
「命の恩人に対して、随分な態度だな」
「……?」
レオンが振り返る。
そこにいたのは――
異形だった。
一見すれば、小型のケツァルコアトル。
白い鱗。
小さな翼。
人間で言えば、幼い子供ほどの体躯。
だが。
その姿には、決定的な異常があった。
「……なんだ……お前」
レオンの声が漏れる。
白い竜の身体には、不自然な義肢が取り付けられていた。
銀色の義手。
機械仕掛けの義足。
まるで無理やり継ぎ接ぎされたような、異様な肢体。
それなのに。
動きには一切のぎこちなさがない。
まるで最初から身体の一部だったかのように、“自然”に動いていた。
異質。
あまりにも異質。
そして何より――
その小さな存在の前で。
あの暴虐の化身たるケツァルコアトルが。
静かに。
頭を垂れていた。




