ケツァルコアトル 父の怒り
霧と煙が立ち込める戦場で、重傷を負いながらもガリューンは立ち上がった。腹部を押さえ、荒く息を吐きながらも、その双眸だけは獣のような怒りに燃えている。
彼はファルガを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「……貴様も、武技使いか」
どこか異様な執着を滲ませながら、ガリューンは“武技を使う若者”への憎悪を口にする。先日、自分が叩き潰したという“細く素早いガキ”。未熟だったからこそ、魔剣で両足を斬り落としてやった――。
その言葉を聞いた瞬間、ファルガの空気が変わった。
それが誰のことか、理解したからだ。
シン。
己の息子を傷つけた相手が、目の前にいる。
静かだった怒りは、一瞬で殺意へと変貌した。
次の瞬間、ファルガの姿が消える。
視認すら許さぬ速度で接近した彼は、拳でガリューンの顔面を殴り飛ばし、さらに回り込んで脇腹へ強烈な蹴撃を叩き込む。圧倒的な武技による連撃に、ガリューンはまともに反応すらできなかった。
魔剣は手を離れ、霧の奥へ蹴り飛ばされる。
そしてファルガは、倒れ伏す男を冷たい眼差しで見下ろした。
もはやそこに温情はない。
息子を踏みにじった敵を、ここで終わらせる。
刀を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
霧を裂く轟音。
突如として現れた巨大な顎――ケツァルコアトルが、二人まとめて吹き飛ばした。
地面を転がるファルガとガリューン。圧倒的な質量と暴威が、戦場そのものを蹂躙する。
異変に気づいたレオンたちも即座に反応した。
「来る!!」
レオンの叫びと同時に、リシェルが前へ出る。氷魔法によるドーム状の防壁を展開し、迫る攻撃を受け止めようとする。
しかし。
ケツァルコアトルの一撃は、あまりにも重かった。
氷壁は軋み、砕ける寸前まで追い込まれる。
レオンもまたマナを纏わせた剣で押し返そうとするが、災害のような力を前に押し負ける。
そして――氷壁は砕け散った。
衝撃波が全員を吹き飛ばし、霧と粉塵が再び戦場を覆い尽くす。
もはやそれは、人同士の戦いではなかった。
剣技も、魔法も、怒りも。
すべてを呑み込む“災害”が、そこに存在していた。
戦場の中心に君臨していたのは――たった一体の怪物。
ケツァルコアトル。
それは、生きた災厄そのものだった。




