ケツァルコアトル 霧中の激戦
霧が深く立ち込めていた。
視界は白く閉ざされ、数メートル先すら曖昧に滲む。その静寂を切り裂くように、鋭い金属音だけが断続的に響き渡っていた。
ギィンッ――!
ギィィンッ――!!
火花が散る。
ファルガとガリューン。
二人の剣が激突するたび、鈍い衝撃が周囲の空気を震わせた。
「……っ」
ガリューンが奥歯を噛み締める。
押されている。
嫌というほど理解していた。
ファルガの剣は重い。ただ力任せなのではない。呼吸、重心、踏み込み、その全てが研ぎ澄まされている。
一歩。
また一歩。
ファルガは確実に距離を詰めてくる。
逃がさない。
呼吸が乱れる瞬間を見逃さず、僅かな重心の揺れすら狙ってくる。まるで獲物を追い詰める獣のような圧力だった。
「チッ……!」
ガリューンは舌打ちしながら剣を受け流す。
反撃の余裕などない。
攻めようとすれば、その瞬間に斬られる。
完全な防戦一方だった。
その様子を少し離れた場所から見ていたニクスも、苛立たしげに舌を鳴らす。
「……ちっ」
援護したい。
だが、できない。
二人の距離が近すぎた。
不用意に魔法を撃てば、ファルガまで巻き込む。
(クソ……入り込めねぇ)
焦燥だけが募る。
その時だった。
「——っ」
ガリューンの目が鋭く細まる。
一瞬の判断。
握る剣へ魔力を流し込む。
埋め込まれた緑色の魔石が、不気味な光を放った。
ギィィィン――……
機械のような駆動音が響く。
次の瞬間。
ドンッ!!
凄まじい風圧が至近距離で炸裂した。
「……!」
衝撃波が二人の身体を強引に弾き飛ばす。
ファルガも後方へと押し飛ばされ、地面を滑った。
だが即座に着地し、姿勢を立て直す。
しかし――
「……チッ」
視界が悪い。
霧が、二人の間を完全に遮断していた。
ガリューンの姿が見えない。
気配までもが薄れていく。
完全に見失った。
「どこ行きやがった……」
ニクスが低く呟き、周囲へ鋭い視線を巡らせる。
そして。
「——後ろだ!!」
叫び声が霧を裂いた。
白い霧の中から、黒い影が飛び出す。
ガリューン。
すでにニクスの背後。
間合いは完全に殺し切っていた。
振り下ろされる刃。
振り返り咄嗟に魔法を練るも間に合わないニクス
その瞬間、ファルガの姿が“消えた”。
一瞬。
消失したかのような速度。
武技による爆発的加速。
ニクスの声を起点に、一気に踏み込んでいた。
ギィンッ!!
激しい火花が散る。
振り下ろされたガリューンの剣は、寸前で受け止められていた。
「……なっ!?」
目の前にいたのは、ファルガ。
あり得ない速度で回り込まれていた。
完全な迎撃。
「させるか!」
低く吐き捨てる。
鍔迫り合い。
刃と刃が軋み、火花が散る。
そして、その瞬間だった。
「——はっ!」
横合いからニクスが踏み込む。
右手には、すでに火球。
反射的に生み出していた炎を、そのまま拳へ纏わせる。
距離はゼロ。
「喰らえよッ!!」
ドゴォッ!!
火炎を纏った拳が、ガリューンの腹部へ深々と突き刺さった。
「——ぐっ!?」
鈍い衝撃。
直後、炎が爆ぜる。
ガリューンの身体が宙へ浮き、そのまま勢いよく吹き飛ばされた。
地面を何度も転がり、土を削りながら滑っていく。
やがて止まり、土煙だけが立ち上った。
静寂。
「……はぁ……はぁ……」
ニクスが肩で息をする。
拳には、まだ炎熱の余韻が燻っていた。
だが。
ファルガは構えを解かない。
視線は真っ直ぐ、煙の奥へ向けられている。
ガリューンへ。
「……やったか」
低く呟く。
だがその目は、まだ終わっていないと理解していた。
霧の向こう。
ゆっくりと。
土煙の中から、影が立ち上がろうとしていた。




