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ケツァルコアトル リンク魔法

霧が、深く立ち込めていた。

 視界は白く閉ざされ、数メートル先すらまともに見えない。

 湿った空気が肌にまとわりつき、地面を蹴るたびに泥が跳ねる。

 その中で――。

「——レオン!!」

 鋭く響いた声に、レオンははっと顔を上げた。

 ミレアの声だった。

 霧の向こうから、真っ直ぐに届く呼び声。

 迷いも恐怖もない、強い意志の籠もった声だった。

「……っ!」

 レオンは即座に反応する。

 目の前のグラナスから一歩距離を取り、そのまま声の方向へ駆け出した。

 ぬかるんだ地面を蹴り、濃霧を切り裂くように走る。

「ミレア!」

 白く閉ざされていた視界が、不意に開けた。

 そこには、肩で息をするミレア。

 そして、その傍に立つリシェルとユージンの姿があった。

 レオンはすぐに合流する。

「……無事か」

 低く問うと、ミレアは息を乱しながらも頷いた。

「なんとか……でも、時間がありません」

 その声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。

 レオンは空を見上げる。

 霧のさらに上。

 見えはしない。

 だが、わかる。

 ケツァルコアトルの気配が、先ほどよりも濃く、重くなっていた。

 まるで空そのものが圧し掛かってくるような威圧感。

「……提案があります」

 ミレアが静かに口を開いた。

 その手には、淡く魔力を帯びた魔導書が握られている。

「リンク魔法です」

 レオンとリシェルが同時に視線を向けた。

「私と……あなた達の意識を繋ぎます」

 一瞬、空気が静まる。

「……できるのか」

 レオンの問いに、ミレアは即答した。

「やるしかありません」

 迷いのない声だった。

「このままじゃ……押し切られます」

 リシェルが静かに目を伏せ、短く頷く。

「……やる」

 その言葉に、レオンも迷わなかった。

「わかった。任せる」

 ミレアは小さく息を吐き、一度目を閉じる。

 呼吸を整え――意識を沈めた。

 魔導書へ魔力を流し込む。

 ページが淡く発光し、文字が浮かび上がる。

 そして次の瞬間。

 レオンとリシェルの足元に、複雑な魔法陣が展開された。

 淡い光が幾重にも重なり、細い線が互いを結びつけていく。

「——っ」

 ミレアの身体が大きく揺れた。

 来る。

 一気に流れ込んでくる。

 レオンの思考。

 リシェルの感覚。

 視界。

 気配。

 戦闘中の判断。

 全てが洪水のように脳へ押し寄せた。

「……ぐっ……!」

 ミレアは頭を押さえる。

 激痛。

 脳を無理やりこじ開けられるような感覚だった。

 情報量が多すぎる。

 処理が追いつかない。

 視界が揺れる。

 吐き気すら込み上げる。

 それでも。

「……耐えろ……!」

 歯を食いしばる。

 ここで途切れれば終わる。

 無理やり意識を繋ぎ止める。

 情報を整理する。

 束ねる。

 そして――。

 “共有”された。

 レオンの視界に。

 リシェルの視界に。

 ミレアの探知能力が重なる。

 霧の世界が、変わる。

 見えなかったはずの景色が、輪郭を持って浮かび上がった。

「……見えた」

 レオンが低く呟く。

 いた。

 デミラ。

 霧に身を溶け込ませ、弓を構えている。

 そして――グラナス。

 槍を握り、次の一撃を狙っていた。

 さらに、その手に握られた異質な魔石。

 そこから滲み出る、人のものとは思えない濁った魔力。

 歪な光。

 全てが、鮮明に見える。

「……そこか」

 レオンの足が踏み込む。

 もう迷いはない。

 剣へ、マナを集約する。

 極限まで。

 限界まで。

 圧縮された力が、刃を震わせた。

「……っ」

 同時に、リシェルも魔力を引き上げる。

 空気が凍りつく。

 周囲の温度が急激に低下し、霧の粒子すら白く凍り始めた。

 普段は制御している出力を――解放する。

「行くぞ」

 レオンが言う。

「……うん」

 リシェルが応えた。

 次の瞬間。

 二人は同時に飛び出した。

 レオンの剣が、全力で振り抜かれる。

 圧縮されたマナが斬撃となって解き放たれ、一直線に霧を切り裂いた。

 同時に。

 リシェルの魔力が爆発する。

 無数の氷塊が槍のように生成され、轟音と共に射出された。

 狙いは同じ。

 “見えている”敵。

 ――ドォォォンッ!!

 衝撃が大地を揺らした。

 霧が吹き飛ぶ。

「……っ!?」

「な——!?」

 デミラとグラナスの反応が遅れる。

 見えていないはずの攻撃。

 完全な死角からの一撃。

 回避は間に合わない。

 斬撃がデミラの肩を深く裂いた。

 氷塊がグラナスの胴を叩きつけ、巨体を大きく吹き飛ばす。

 二人の身体が地面を転がった。

 血が霧の中へ散る。

「ぐっ……!」

「チッ……!」

 明らかな深手だった。

 戦況が、一変する。

 霧の中で優位に立っていたはずの二人が、初めて大きく崩れた。

 そして、その中心で。

 ミレアは荒い呼吸を繰り返していた。

 頭を押さえながらも、必死に意識の接続を維持している。

 まだ終わっていない。

 だが――。

 確かに、流れは変わっていた。

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