ケツァルコアトル 探知の隙
霧は、さらに濃くなっていた。
視界は悪い。
音も、どこか遠く感じる。
そんな中でも、レオンたちは慎重に歩みを進めていた。
「……周囲を再確認します」
ミレアが小さく告げる。
魔力が静かに広がる。
探知魔法。
この環境での、唯一の“目”だ。
数秒。
異常は、感じられない。
「……反応——」
その報告を口にしかけた、瞬間。
ヒュン――
空気を裂く音。
ほんのわずかな違和感。
だが、それが致命になるには十分だった。
次の瞬間。
ミレアの視界が、遮られる。
――ファルガ。
いつの間にか、目の前に立っていた。
そして、
キンッ!!
鋭い金属音が、霧の中に響く。
振り抜かれた刀。
弾かれたのは――矢。
空中で軌道を逸らし、地面へと突き刺さる。
「ッ——!」
レオンの反応は早かった。
即座に剣を抜く。
ニクスも同時に一歩前へ出る。
掌に、火が灯る。
ユージンは一歩下がり、状況を見極める位置へ。
ミレアも即座に後退し、再び探知を展開。
全員が、一瞬で戦闘態勢へと移行した。
「……随分な挨拶じゃねぇか」
ファルガが低く言う。
刀はすでに構えられている。
視線は、霧の奥。
矢の飛んできた方向。
だが――
返事は、ない。
沈黙。
気配すら、掴めない。
(……どこだ)
レオンは視線を巡らせる。
だが見えない。
霧が、すべてを遮っている。
不用意に動けば、次は防げないかもしれない。
そんな緊張が、場を支配していた。
(……探知に、反応しなかった)
ミレアの思考は高速で回る。
魔物ではない。
少なくとも、通常の“魔力を持つ存在”ではない。
(無機物……?)
矢。
あれは、ただの物体。
魔力を帯びていない。
だから――
(……探知に、映らない)
結論に至る。
同時に、それを理解している者がもう一人。
「……なるほどな」
ファルガが小さく呟く。
「魔力を乗せてねぇ“ただの矢”か」
視線は変わらず前方。
「そりゃあ、ミレアの探知には引っかからねぇわけだ」
淡々とした分析。
だが、その声にはわずかな警戒が滲む。
相手は――
“意図的に”それをやっている。
「ユージン」
その時、ユージンが短く呼びかける。
「……リシェル」
言葉はそれだけ。
だが、十分だった。
リシェルは一度だけ小さく頷く。
すぐに、魔力が動いた。
空気が冷える。
次の瞬間。
バキバキバキッ――
氷が生成される音。
地面からせり上がるように、透明な壁が広がっていく。
ドーム状。
全体を覆う防御。
外界と、切り離す。
内部にいるのは――
ユージンとミレア。
後方支援の二人。
そして前方には。
ファルガが一歩、前に出る。
刀を構える。
その隣に、レオン。
剣を握り、視線を霧の奥へ。
さらに、
「……来るなら来いよ」
ニクスが低く笑う。
手のひらに浮かぶ、火の玉。
ゆらりと揺れながら、周囲を照らす。
前衛三人。
後衛二人。
即席とは思えないほど、完成された布陣。
だが――
敵は、見えない。
気配もない。
ただ、“狙われている”という事実だけがある。
風が、揺れた。
霧が、わずかに動く。
次の一手が来る。
全員が、それを理解していた。




