ケツァルコアトル 剣士ギルド
荷馬車はゆっくりと町の中へと入っていく。
石畳に変わった路面が、規則的な振動を生み出す。
人通りはそれなりにあり、行商人や冒険者風の集団が行き交っていた。
「……思ったよりちゃんとした町だな」
ニクスが周囲を見回しながら言う。
「中継地点だからね。補給と休息の拠点としては重要なんだと思うよ」
ユージンが穏やかに返す。
やがて荷馬車は、広めの建物の前で止まった。
看板には剣と盾の紋章が刻まれている。
「ここで降りろ」
ファルガが手綱を引きながら言った。
「俺はこの馬車を預けてくる。お前らは先に宿を探しておいてくれ」
レオンは地面に降り立ちながら、その建物を見上げる。
「……ここって、“戦士ギルド”ってやつか?」
「正確には“剣士ギルド”だな」
ファルガは軽く肩を回しながら答える。
「国や地域によって呼び方は違うが、要するに前線職の連中を管理してる組織だ」
「管理?」
レオンが聞き返す。
「ああ。依頼の仲介、身分証の発行、装備や移動手段の手配……それと、こういう荷物の保管もな」
荷馬車を軽く叩く。
「山に入る連中はここに馬車を預けるのが普通だ。盗難防止も兼ねてる」
「なるほど……」
「あと、揉め事の仲裁なんかもやる。荒くれが多い職業だからな」
少しだけ苦笑が混じる。
「まあ、簡単に言えば“前線の連中のための役所”だと思えばいい」
「分かりやすいな、それ」
ニクスが頷く。
「じゃあ、俺たちは宿探しね」
「頼んだ。あまり離れるなよ」
ファルガはそれだけ言うと、手綱を引いてギルドの裏手へと向かっていった。
「じゃあ、行こうか」
ユージンが自然に声をかける。
誰に指示されるでもなく、全員がそれに従って歩き出した。
町の中心部へ向かう道は緩やかな上り坂になっている。
両脇には商店や食堂が並び、活気があった。
「宿なら中心寄りにあるはずだよね」
「そうだな。人の流れ的にもそっちだろう」
ニクスが周囲を観察しながら答える。
その時だった。
「あ」
ニクスが足を止めた。
「……どうした?」
レオンが振り返る。
ニクスの視線の先には、一軒の店。
他の店とは少し違う、静かな佇まい。
木製の看板には、古い文字で“魔導書”と刻まれている。
「ちょっと寄ってかね?」
ニクスがにやりと笑った。
「却下」
間髪入れず、ユージン。
「…即答かよ」
「目的忘れてるでしょ。まずは宿を確保するのが先」
「ちょっと見るくらいいいだろ。減るもんじゃねぇし」
「時間が減る」
「細かけぇなぁ……」
ニクスは露骨に不満そうな顔をする。
「ミレア、お前も気にならね?」
「……資料としては少し興味がある…かな…」
ミレアが申し訳なさそうに答える。
「ほら見ろ」
「でも優先順位は低いのも事実です…」
「お前さぁ……」
完全に論破され、ニクスは頭をかいた。
しばらく睨み合いのような沈黙。
やがて――
「……分かったよ」
ユージンが小さくため息をついた。
「僕が宿を探してくる。その間に見てきなよ」
「マジで?」
「ただし、長居はなし。合流は町の中央広場で」
「神か?」
「違うよ」
即答だった。
「……私も行く」
リシェルが短く言う。
「ユージン一人だと効率が悪い」
「助かるよ」
ユージンは軽く頷いた。
こうして自然と二手に分かれる。
「じゃ、行くぞレオン」
ニクスがすでに店の方へ歩き出している。
「……まあ、少しくらいならな」
レオンも後に続いた。
ミレアも無言でついてくる。
三人は、そのまま魔導書店の扉を押し開けた。
古びた鈴の音が、小さく鳴る。
一方その頃。
剣士ギルドの裏手。
荷馬車の預け入れ手続きは、滞りなく進んでいた。
「——確認完了しました。お預かりいたします」
受付の男が淡々と書類をまとめる。
「ああ、頼む」
ファルガも簡潔に応じた。
無駄のないやり取り。
慣れた空気だ。
その時。
「……ファルガ様」
奥の通路から、一人の受付嬢が歩み寄ってきた。
姿勢の整った、いかにも“教育された”動き。
「ルミナリア王国の方から、一件の通知が届いております」
業務的で、丁寧な口調。
「こちらでご用件を確認いたしますか?それとも通信機にご案内いたしますか?」
ファルガは一瞬だけ視線を向けた。
表情は変わらない。
「……自分で聞く。通信機に案内してくれ」
「かしこまりました」
受付嬢は一礼し、すぐに踵を返す。
「こちらへどうぞ」
淡々とした案内。
それに続き、ファルガも歩き出した。
まだ――この時点では。
その“通知”の内容が、どれほどの意味を持つのか。
彼自身も、知らない。




