令嬢の鑑がギャン泣きの現場に出会ってしまった。
「いっだぁいぃ〜」
キンキンとした泣き叫び声に、思わず側近候補の三人と顔を見合わせ、目当てとしていた部屋に飛び込んだ。
セフィラ・アンドロネス公爵令嬢。
王太子となることが確定している第一王子である俺、マーロット・ブルターナの婚約者である。
令嬢の鑑と社交界の前評判も良く、王子妃教育ひいては王太子妃教育も順調に進んでいて、教師陣から称賛されていると、食事の席で私の両親……陛下や王妃陛下に褒められていた。
準王族とされているセフィラの居室や教育を受ける場は王族の行動範囲と被るためセフィラの教師陣とすれ違うこともある。
王家として婚約者の教師として選んだ人物を素通りするのは礼に失するため、挨拶の声をかければ、彼らから聞かされるのはセフィラへの賞賛。
まだ本格的な王太子教育の始まっていない俺に同様の賞賛が向けられることがないことは仕方がないことではあるが、面白くないことも事実。
側近候補と過ごす自由な時間はもちろんだが、共に学ぶことまで楽しいこともあり、彼らとの交流を優先することを名目に、多少の蟠りを感じていたセフィラとの交流は最低限とした。
側近候補との交流を第一としているだけで、王太子教育が始まればセフィラ以上に称賛されるはずだという自信があっても最低限の交流。
貴族子女が通う学園への入学を目処に、セフィラの王太子妃教育は終了。
学園での人脈形成がセフィラの主たる活動となり、緩やかに王妃教育が始まる。
対して俺は、学園へ入学後に王太子教育が本格的に始まり、執務にも本格的に取り組むことになる。
学園生活よりも執務へと比重が大きくとられることになるが、それは必要以上に学園に通う生徒と親しくならないようにするためだ。
それは王家の公平性を目に見える形で示すことでもあるが、高位貴族家以外の貴族家を守るためでもある。
王太子、次期国王と親しくしている、気に入られていると思われるのは両刃であり、万が一にも情に流され誤った判断をすることがないように。という思惑もある。
これは王太子ではなく、王族であれば同じような扱いとなり、場合によっては学園に通うことも無い。
それ故、側近候補として付き合っている彼らも、正式に側近となった暁には形式的にではあるが、生家の籍から抜けたあとに、その爵位に見合った法衣貴族として叙爵されるので、生家を継ぐ可能性の低い三男以降が側近候補として基本的に召し上げられる。
嫡子や貴族位を持つ婿入り先が見つからなければ、彼らは生家の代替わり後に一代限りの準男爵として家をでなければならなくなる。
裕福な商人が準男爵位を金で購入できることや、優秀な平民が官吏として採用されると与えられる爵位であることから分かるように準男爵の扱いは平民だ。
平民が社交界に出たり、官吏として王城に出仕するための身分が準男爵位となる。
貴族家の生まれでありながら、継ぐ爵位がないため平民になるしかなかったのに、社交界に出られないのは可哀想だろうという王家からの恩情で、継ぐ爵位の無い貴族家の子息に無条件で与えられる爵位でもある。
なので、妻までは社交界に出られるが、子供は完全な平民となるため、結婚する貴族子息はあまりいない。
そのため、子や孫が官吏として勤めることができれば継承できる法衣貴族としての爵位を、正式に側近として国王によって任じられた後に与えられ、貴族として不適格な行いをしない限り側近としての立場も爵位も失うことがないという保証は大きい。
そのため、仕える王族への忠誠心が高くなるが、側近として付き従う王族が失態を犯し王籍から抜かれると、側近としての能力に乏しかったとして法衣貴族としての爵位は遡って消失することもあって、盲従することを防ぐ仕組みにもなっている。そのため、王族側も側近からの不安や苦言は遠ざけるのではなく耳を傾けなくてはいけない。そのことは俺も胸に深く刻んでいる。
俺とセフィラの教育差が埋まるのは婚儀の頃となることを考えると、今となってはセフィラと友好的な関係を築けていたか怪しい。
もともと、偶然その場に通りかかった訳ではなく、優秀だと賞されるセフィラの授業の様子を覗き見ようと側近候補と盛り上がっての行動だった。
泣き叫び声に慌てて部屋に飛び込めば、顔を隠すことなくボロボロと涙をこぼし、頬を赤く染め、大きく口を開けて意味のわからないうめき声のようなものをあげながら泣き続けるセフィラ。
その瞬間、恋というものを理解した。
聞き取りの結果、エドワンド卿とマーガレット夫人以外の教師陣は更迭した。




