#51 思っていたよりも怖くない
「ほら、食いな」
甘田店主がオボンに乗せて僕の前に出してきた。
まず、ドンッと山のようになっている野菜炒めに僕は「おぉっ!」と声を漏らしてしまった。野菜炒めはキャベツの他にニンジン、シイタケ、ニラ、ピーマン、、モヤシ、豚肉と色んな具材が盛られていた。
隣には味噌汁があって中を見るとアオサだった。ご飯は運動部の男子かと思うくらい山盛りだった。お新香はたくあんとキュウリのぬか漬けだった。
これで千円は意外とお得かもしれない。
「いただきます」
僕はお盆に置かれた使い捨てではない箸(見た所汚れている部分はない)を手にとって野菜炒めを口に入れた。
(あ、美味しい)
野菜の水分で味が薄くなっているのかと思えば、抜かりなく塩コショウが降りかかっていた。それだけではなく旨味調味料なものうを使っているらしい。やみつきになりそうな味だった。
僕はホッと一安心した。こういうこだわりの強い店は店主の独りよがりになっているか、本当に美味しいかの二択に分かれる。これでもし壊滅的な味だったら地獄を見ただろう。
こういう時はチマチマ食べずに豪快に食べた方が店主は喜ぶと思ったので、僕は夢中で食べた。
一掴みの野菜炒めに掻き込むようにご飯を頬張った。うん、ご飯も硬すぎず柔らかすぎず、ちょうどいい炊き具合だった。
頬張った口内をアオサの味噌汁で流し込む。味噌汁も海藻の香りと旨みが流れ込み、口と胃を幸福で満たしてくれた。さらにたくさんの漬物も僕が好きなべったら漬けだったので、思わず笑みがこぼれた。
「ハハハッ! いいねっ! どんどん食え食えっ!」
僕の食べっぷりに甘田店主は嬉しそうに頬杖をついて眺めていた。あまり見られると萎縮してしまうが、ほんの一瞬だけゴムがユルユルになっている胸元から観れる谷間を堪能できてますます食欲が進んだ。
ご飯と味噌汁は何杯でもおかわり出来たので、ご飯二杯と味噌汁三杯頼んで野菜炒めとお新香を完食した。
「ごちそうさま……でした」
胃が破裂しそうなほど苦しんでいると、甘田店主は「いやー、久しぶりにいい食べっぷりが見れたっ!」と言って剥き出しのアイスキャンデーを渡してきた。よく見ると、甘田店主も食べていた。
もうこれ以上胃の中に入れられないが、せっかくのご厚意を無下にはできないと受け取って食べた。味はメロンソーダで疲れた胃に染み渡った。
「ボウズ、この近くに住んでるの?」
甘田店主は僕の隣の席に座ってチュパチュパとソーダ味のアイスを食べていた。
「えぇ、まぁ」
「中学生? 高校生?」
「いや、十九歳です」
「十九?!」
甘田店主は僕の年齢に驚いたのか、口の中に入っていたアイスの欠片を胸元に落としてしまった。店主は「あぁもう」と胸元に手を突っ込んで少しだけモゾモゾさせた後、小さくなった欠片を口の中に入れた。
何とも艶めかしい光景に食い入るように見てしまった。甘田店主は「なに?」と怪訝そうな顔をしたので、僕は「お、お腹いっぱいになったのでボゥとしちゃって」とそれっぽい言い訳をしてアイスを食べる事に集中した。
甘田店主は「そっか」とチュパチュパと頬張った。
「じゃあ、大学生か」
「いえ、スーパーで働いています」
「へー、そうなんだー! でも、十九歳には見えないな〜! てっきりまだ尻の青いガキかと思ったよ」
「は、ははは……」
僕はペロペロと舐めていると、時計を見た。
「あの時計って時間あってます?」
「あ、う〜ん……五分遅れているかな」
「え?」
僕はスマートフォンを取り出して時刻を確認した。勤務開始まで残り五分前だった。
「あの、ちょっと、そのっ! 僕、これから勤務なんで! 失礼します!」
「あ、そうかっ! なんかごめんな」
甘田店主は少し申し訳なさそうな顔をした。僕はアイスを口にくわえたまま荷物をまとめると、入り口に向かった。
僕は言い忘れた事があったので、立ち止まってアイスを口から離した。
「あの……とても美味しかったです。野菜炒め」
「うん。知ってる。私が作ったんだからな」
甘田店主はそう言って大声で笑った。
「君、名前はなんて言うの?」
「えっと……神山悟って言います」
「私は……あぁ、ここに書いてある通りだ」
甘田店主はニシシと笑顔を見せた。その表情に思わずドキッとした。
「また来なよ」
「はいっ! ごちそうさまでしたっ!」
僕は慌てて店を飛び出し、スーパーへと向かった。




