#46 これから
あまりにも衝撃的な情報が多すぎて発狂しそうになった。が、耐えた。耐えるしかなかった。今までの日常が全て壊れてしまった。何もかも全て。僕が見ていた世界は偽りだった。嘘っぱちだったんだ。
「叔母さん」
出来れば話したくなったが、これだけは確認したかった。
「どうして僕を……育てようと思ったんですか? 憎き姉の子供ですよ」
「生まれてきたあなたを憎むことはできなかった。それに初めて会った時、なんて可愛い子なんだろうって思った。だから……余計に羨ましく思った」
僕は深く息を吐いた。もう何もかもどうでもよくなってしまった。
昨日までは楽しい家族旅行だったはずなのに。どうして今日が訪れてしまったのだろう。いや、正確には早朝からパレードを見るために彷徨っているまでは大切な家族だった。
あの時レストランでトイレに行かなければこんな事にはならなかった。知りたくないことも知らなくてよかったかもしれない。
今、叔母と美智子さんは殺人犯だ。いや、恐らく当時は過失運転致死傷罪とかにされて、百万円以下の罰金で免除してもらったのだろう。美智子さんと神谷さんは書類送検か罰金で済んだのかもしれない。
男が握っていた神谷さんの『弱み』はあの事故が不慮ではなく故意に行われたという情報を誰かから入手したのかもしれない。
それにしてもたった数十分で得た情報が多すぎる。僕の母は叔母に轢き殺されただけでなく、父親が何股もしている浮気者の血が引き継がれているという事に嫌悪感を覚えた。
でも、たしかに秋武先輩という彼女がいるにも関わらず、叔母と美智子さんと関係を持ったのはその血筋の影響もあるかもしれない。
というか、先輩と僕は異母兄弟ということになるのではないだろうか。今までやってきた事は下手したら近親相姦に近いことをしていたということ?
あぁ、僕の知能指数が二百を越えていたら、この非現実で混沌とした無情な事態を把握して最善な方法を行えるかもしれないが、僕の貧弱な頭ではただ嘆く事しかできなかった。
まぁ、あれこれと考察したからといって現状が好転する訳もない。というか、絶体絶命の危機に瀕しているといっても過言ではない。
「僕をどうするつもりですか? この浮気者のように殺すんですか」
「そんなことはしないわ。だって、智は私の甥っ子で愛人だもの」
「神谷さんと僕の父を殺した相手の言う事なんて信じられません」
「カミちゃんは殺してないわ。そうよね。ミッちゃん?」
叔母が美智子さんにそう聞くが、本人は沈黙していた。
「……ミッちゃん? まさか、嘘よね」
「銃を突きつけられたから仕方なかったのよ」
美智子さんが力なく答えた。その声色は全ての気力が抜け落ちていた。顔は急激に老いてしまったかのようにシワが見えていた。
「なんてこと……なんてことをっ! 私達の大切な友達を殺したのよ?!」
「向こうはそう思ってなかったみたよ。神ちゃんは私とマナちゃんに劣等感と嫉妬を抱いていたみたい」
「だからといって殺すことはないじゃない!」
「警察に全部バラすって言われたら仕方ないじゃない!」
こんな喧嘩聞きたくなかった。これがもしドラマや映画の撮影だったらどれほど良かったか。あるいはドッキリでもよかった。今までのことは全て演出で、僕の感情が最高潮に達した所でスタッフがやってきてネタバラシ――もしそうならどれほど安堵するか。
けど、ドッキリにしてはあまりにも過激過ぎるし時代錯誤だ。甥っ子の心の傷に塩を塗りたくるような番組は間違いなく炎上するだろう。
頼むからドッキリであってくれ――心の中で願うものの、一向にネタバラシは起きなかった。
叔母と美智子さんは神谷さんを殺した事で言い合っていた。僕はもう何だか何もかもどうでもよくなってきた。
ふと足元に銃が転がっていた。恐らく先輩が持っていたのだろう。僕は慎重に拾った。
「智くん? 何をしてるの?」
僕の不審な動きに気づいたのか、美智子さんが近づいてきた。僕はすぐに銃口を向けて「動くな」と震える声で言った。
美智子さんの顔色が悪くなっていた。僕はサッと叔母の方にも銃を見せた。彼女も美智子さんと同じくらい血の気が引いていた。
「さ、智? 自分が何をしているのか、分かってるの?」
「えぇ、もちろんです。僕はここから出たいんです。一刻も早く」
僕は交互に銃を向けながら横歩きで出口へと向かった。二人は警察に銃を突きつけられた犯罪者みたいに両腕を頭にかけていた。
「僕は帰ります」
冷静に二人に説明した。
「家に帰って荷物をまとめて出ていきます」
叔母と美智子さんが何か言おうとしていたが、僕はこれ以上二人の声を聞きたくなかったので、「喋るなっ!」と声を張り上げた。
「さようなら」
僕は二人に別れの挨拶をした後、ドアの方に後ろ向きで歩いた。
その時だった。僕の背中から鋭利なものが刺さった感覚がした。呼吸が止まり、手から銃がこぼれ落ちた。
「智!」
「智くん!」
叔母と美智子さんが僕の方に駆け寄ろうとすると、横で何かが通り過ぎて行った。神谷さんだった。どこかで頭に傷を負っているのか、滝みたいに血が流れていた。
「しねぇえええええええ!!!」
神谷さんは小型のナイフを構えて二人に突進していった。叔母と美智子さんは予想外の事態に戸惑っていたが、防衛本能が働いたのか、掴みかかった。
二対一の取っ組み合いを壁にもたれながら呆然と見ていた。あちこちで激しくぶつかり合い、高級そうな服装がボロボロになっていた。俳優の命に等しい顔に傷がついても二人は気にせずに殴りかかった。
すると、目を覚ました先輩がスローモーションみたいに落ちた銃を取った。瀕死寸前の僕と目が合うと急に光を取り戻して立ち上がった。
「よくも、さ、さとるくんをぉおおおお!!!」
秋武先輩は奇声にも近い声色で乱射した。当然初めてだったので、安全装置を外すのに手間取ったり、ホルダーがあたって手を負傷したりと悲惨だった。
そんなへなちょこの球でも神谷さんの腹部に命中し膝から崩れ落ちた。
「ママ!」
まさかの相手を撃ってしまったことに狼狽していると、叔母と美智子さんが獰猛な獣みたいに唸って飛びかかった。
再び始まる銃の争奪戦。美智子さんは先輩が落としたナイフを拾って振りかざした。叔母がそれを止めようとしていると、先輩が銃を向けて至近距離で脇腹を撃った。倒れ込む叔母に美智子さんが首筋に刺した。先輩は甲高い声を上げ、刺している手を掴んだ。美智子さんが離そうとすると先輩が銃口を美智子さんの眉間にあてた。命乞いをする暇もなく眉間を貫き、美智子さんは反動で仰け反った。
先輩は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。手から銃が流れるように去っていく。彼女は荒れた息で僕の方を見ていた。
「心配……しなくていいから」
か細い声だった。
「警察……く」
最後に言いかけたが、激しい銃声聞こえたかと思えば、先輩が目を開けたままうなだれていた。壁には血飛沫が飛び散っていた。誰が撃ったか分かった。叔母が銃口を向けていたからだ。
「智……」
叔母は脇腹から溢れ出る血を抑えながら近づいてきた。僕は彼女を静かに見守っていた。叔母の血の気が引き、みるみるうちに青ざめていくのが分かった。彼女が進んだ跡には血の川が流れていた。
「さ……と……る……」
叔母の命の灯火が消えかかっているのが分かった。最後の力と言わんばかりに腕を上げていた。僕は無意識に手を掴もうとした。
「動くなっ! 警察だ!」
すると、機動隊がなだれ込むように小屋の中に入ってきた。叔母は彼らの姿を見た途端、緊張の糸が切れたように伏せてしまった。
嵐を間近で見ているようだった。警官達が血塗れの美智子さんや秋武先輩の安否を確認したり、救急隊が駆けつけて担架で運ばれたりしていた。
ふと人混みの中に見覚えのある刑事二人組がいた。昭和の雰囲気が漂う中年刑事とインテリの若手刑事だった。
「大丈夫か。坊や」
中年刑事は冷静に屈んで尋ねていた。その近くでは救急隊員が応急処置をとっていた。僕は出せるだけ力を振り絞った。
「おば……叔母は助かり……ますか?」
「絶対とは言えないが、最善は尽くす。そして、もし意識を取り戻したら法の裁きを受けさせる。必ず」
中年刑事の瞳の奥は犯罪者への断罪の炎で燃え盛っていた。
※
あの騒動で犠牲になったのは神谷さん、スキンヘッドの男(未だに父とは認めていない)、美智子さん、秋武先輩だった。
遺体安置所にも葬儀にも出なかった。出たら発狂してしまいそうだったからだ。
僕と叔母は集中治療室で運ばれ、深い眠りについた。刑事の話によれば、一週間ぐらい眠っていたらしい。
叔母はそれよりも一日遅れで目が覚めたらしい。僕と叔母は別の個室だったから会えなかった。テレビでは近年まれに見る悲惨で凶悪な事件として盛り上がっていた。
叔母はすぐに警察病院へ移送され、身体が万全になり次第、事情聴取を始めるとのこと。世間では有名人が犯罪者になった事に様々な反応を閉めていた。アンチですらドン引きするくらいだった。
叔母は二度と社会復帰できないだろう。それに僕とも永久に会えない。僕も面会するつもりはなかった。叔母もそう望んでいるだろう。
僕は高校を中退して寮付きの仕事で再スタートをする事にした。今までのものは全て壊れて無くなってしまった。幸いだったのは僕の顔写真がネットで拡散されていないことだ。
新しい場所は僕が誰かなんて知らないだろう。僕も過去を棄てて新しい自分として生きていく。
叔母は愛人ではなく強盗だった。僕は親殺しの手で育てられたという十字架を背負いながら生きていくしかない。




