#44 救世主?
あらゆる可能性が脳裏を流れ星のように過ぎていった。まず、神谷さんが自責の念に駆られて自ら命を断ったということ。もしそうなのだとしたら、僕はこれから自力で抜け出さないといけない。
もう一つは警察がやってきて銃を手放して降参するように持ちかけたが、応じずにそのまま撃たれてしまったということ。これだったら晴れてこのおぞましき小屋から脱出できるだけでなく叔母達と再会できる。
この二つの可能性が大きく占拠した。僕は出来れば警察が来ることを願った。神谷さんが死ぬのは悲しいことだが、自分がまいた種だ。たとえ叔母達の元同期とはいえ、やっていい事と悪い事がある。
そう思っていると、足音が近づいてきた。しかし、それはとても大人数とは思えないような寂しいものだった。この時、僕はハッとした。
なぜ僕は誘拐犯を神谷さんと男の二人に限定したのだろう。まだ仲間がいる可能性もあるじゃないか。もしそうなのだとしたら事態は最悪なことになる。恐らくあの二人は運び屋でボスは安全な場所で彼らの様子を盗聴(あるいは監視)していたのかもしれない。
神谷さんと男が言い争っているのを見て、急いで向かって男を撃ち殺した。神谷さんは逃走を試みたが射殺された――非現実ではあるが可能性はゼロではない。
足音はドンドン近づいていった。僕はどうにか両手脚の拘束を外そうとしたが、うまくいかず、しまいには倒れてしまった。幸いなことに男の上に重ならずにその隣に倒れた。
男の死体の向こう側にドアが見えた。ドアノブが捻ってゆっくりと開く。現れたのは――秋武先輩だった。
「さとるくんっ!」
先輩は僕を見つけると急いで駆け寄り、拘束を解いてくれた。が、僕の頭の中は混乱の渦の中にいた。
「どうして……先輩がここに?」
「さとるくん!」
先輩は僕の質問には答えずに抱きしめてきた。普段は嬉しいはずなのに今はそこまで喜べなかった。暖かいはずなのに。心地良いはずなのに。
僕は夢でも見ているのだろうか。けど、幻にしてはこの体温はあまりにも現実に近かった。
「もう大丈夫だから。心配ないから。行こう」
秋武先輩はそう言って僕を立たせようとそた。が、無意識に振り払ってしまった。
「どうしたの? さとるくん?」
先輩は明らかに困惑している様子だった。僕は深呼吸してから改めて同じ質問をした。
「先輩、どうして僕がここにいるって分かったんですか?」
「それは……スマホの位置情報で」
「スマホは取られて電源を落とされていました。ここに僕がいるなんてこと、分からないんです!」
「何が言いたいの?」
「先輩は……」
この瞬間、僕の喉に急につっかえができたかのように出なくなってしまった。先輩は静かに僕の言葉を待っていた。近くに死体があるからか異様な空気が流れている。
「先輩は……彼らの仲間なんですか?」
言ってしまった。この一言で先輩との間に築き上げたものが積み木みたいに崩れ去ってしまった。もう元の関係には戻れないだろう。
対して先輩は目立った反応はしなかったが、少しだけ瞳孔が大きくなったような気がした。
「何を言っているの? 仲間って? 私が……こんな恐ろしい人達の仲間だと言いたいの?」
「じゃあ、証明してください。どうやって僕を見つけたんですか!」
僕は口調を強めて聞いた。先輩は耳にかけるように髪をかきあげると、「本当のこと言っても嫌いにならない?」と妙なことを確認してきた。
「内容によります」
「分かった。じゃあ、言わない」
先輩はそう言って背を向けて歩き出した。僕のことが見えていないかのように出て行ってしまった。
もしかして僕はとんでもない過ちを犯してしまったのだろうか。でも、先輩が言っていた『本当のこと』ってなんだろう。僕の知らない一面があるのだろうか。
そう思った時、どこからか着信音とバイブレーションが静寂な小屋内に響きわたった。もしかして自分のスマホかなと思って音を頼りに探してみると、違う機種のスマホだった。薄ピンク色のカバーを付けているということは、神谷さんのものだろうか。
画面を覗いてみると、非通知からだった。こういうのは出ない方がいいのだが、何か分かるかもしれないと思い、通話を押した。
「……もしもし」
『やっぱり、出ると思った』
全身に鳥肌が立った。声は秋武先輩だったからだ。
「なんで先輩が神谷さんの連絡先を知っているんですか?」
『教えなくても分かるんじゃない?』
非常に冷たい声だった。この前ピクニックに行った時にタコウインナーを食べさせてくれた時のような晴れやかな声色とは程遠かった。
「もしかして……誘拐犯の一味」
『うーん……ちょっと違うわ』
画面の向こうから足音らしき聞こえた。どこかに向かっているのだろうか。
「さとるくんを誘拐した人達は私のパパとママよ」
先輩の肉声が背後から聞こえてきた。




