#37 不思議な占い師
約束の日曜日になった。待ち合わせである犬の銅像の前で待っていると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
秋武先輩は春らしい装いで僕の元にやってきた。淡いピンクを基調としたワンピースに白いレースの上着を羽織っていた。やはり、彼女の豊かな肉付きを隠す事はできず、走る度に揺れる胸に僕の心も踊っていた。
「さぁ、とびきりのホラーを体験しようじゃないか!」
先輩は意地悪そうにニヤけると、僕の腕を掴んで引っ張った。
※
映画は死ぬほど怖かった。よりにもよって、立体感のある音響が自慢のスクリーンに入ってしまったので、あたかも側まで来ているかのような感覚になった。
僕と秋武先輩は終始叫びまくっていた。唯一の救いはポップコーンよりも彼女が僕に寄ってくる時に感じる胸の温もりだった。それがなかったら、とっくに飛び出していただろう。
「いやーー! めっちゃ怖かったね!」
秋武先輩はホラーの後だというのに機嫌良く鼻歌をうたっていた。僕は未だに頭の中に黒いコートの女性が迫ってくる映像が離れなかった。
「さとるくん、大丈夫?」
「え、えぇ、なんとか」
「気分転換に甘いものでも食べる?」
「いいですね。早く怖い記憶を消し去りたいです」
僕と先輩は美味しいスイーツ食べれるカフェへと向かった。道中、自然と手を繋いでいた。傍から見たら仲のいい姉弟のように映っていると思うので、そんなに恥ずかしさは感じられなかった。
途中、何人かの男達が秋武先輩をナンパしてきた。が、先輩が睨みつけただけで尻尾を巻いて逃げてしまった。
さて、そんなこんなでカフェに辿り着き、僕達は席の一番は奥に座った。ゆったりとソファに腰をおろして何を食べるか話し合った。
「僕はいちごミルクパフェにします」
「じゃあ、私はフワフワのフレンチトーストかな〜!」
「いいですね! あとで一口ください」
「もちろん!」
そんな些細な会話だけど、僕は楽しかった。スイーツが運ばれる間はさっき観た映画で盛り上がった。特に叔母が出ているシーンが一番話が弾ずんだ。
先輩が叔母の演技を絶賛しているのを見て、彼女の甥っ子として誇らしく思った。それと同時に罪悪感を覚えた。秋武先輩には愛人関係である事を言っていないことを思い出したからだ。でも、この様子だと気づいている様子は見られなかった。
それもそうか。僕と彼女は遠距離で住んでいるんだから。僕らの実生活を目撃する事なんてできるはずがない。だけど、やはり申し訳なく思ってしまう。先輩に本当のことを話さない限り、このモヤモヤは永遠に続くのだろうか。
でも、知らないほうが幸せなのか――なんて考えていると、秋武先輩が「どうしたの?」と心配そうな顔をして聞いてきた。僕は我に返って「ほんと怖かったよね。あの映画」といつの間にか頼んだかも忘れたクリームソーダを一口飲んだ。やっぱり、言えないや。
※
カフェ周辺には色んなお店があったので、ブラブラと見る事にした。ここはまるで海外にいるかのような西洋風の外観で、個人で営業しているお店が密集していた。
古着屋で結構高めなビンテージデニムに驚いたり、アンティークな家具に魅了されたり、可愛いキーホルダーを色違いで買ったり――とカフェで溜まった心のモヤモヤが無くなってきた。
すると、長めの行列を見つけた。美味しいスイーツがあるのかなと思って見てみると、『占い』というのぼりが風で揺れていた。
「え? 占い?」
秋武先輩は意外な店に行列ができている事に目を丸くしていた。
「こんだけ並んでいるということは……かなり当たるんですね」
「せっかくだから、私達の運勢も占ってみる?」
「いいですね! 面白そうです!」
行列があると並ばずにはいられない性分なので、つい最後尾に立ってしまった。順番が来るまでスマホでこの占い師の評判を聞いてみる事にした。
名前は『ビューティーシューティングスター』というやたら長い名前の女性の占い師で、個人で営んでいるらしい。評判は見た目は怪しいけどかなり当たるとしてSNSで話題になっているとのこと。
本当に当たるかどうかは分からないけど、せっかくだから占ってもらうか。二十分五百円という破格の値段だし。
気軽に相談できる価格だからか、かなり長めに話している人もいた。なので、まるで早朝から開店まで待機している人達みたいに長く待たされなければならなくなった。途中、交代でトイレに行ったり飲み物を持ってきたりして時間を過ごした。
中には行列に耐えきれなくて離脱する人達もいたので、一時間半ぐらいで僕達の番になった。こじんまりとしたテントからカップルが出てきた。二人とも幸せそうな顔をしていたという事は、良い結果だったらしい。
「お次の方、どーーぞーー!!」
艶っぽい声が聞こえたので、中に入るとそこそこ狭かった。座席は二つしかなく、僕と先輩が隣同士で座ると窮屈だった。目の前には占い師のイメージを体現したようなベールを被った女性が座っていた。目元しか見えないので、素顔は分からないが艶美な雰囲気を感じた。
「こんにちは。まずはお二人の名前と生年月日を書いてください。あ、読みがなもお願いします」
占い師は淡々とメモを差し出すと、僕達は鉛筆で丁寧に書いて渡した。占い師は何か吉凶が見えたと言わんばかりに瞳孔が開いていた。
「えーと、山岸秋武さんと下山智さんでお間違いないでしょうか?」
占い師は確認を取ると、ほぼ同時に頷いた。大きなノートみたいなのによく分からない言葉や記号を書いて何かを考えるように紙面を見つめた後、「何が知りたいんですか?」と聞いてきた。
「私と彼の相性です」
秋武先輩は占い師を真っ直ぐみると、彼女は「かしこまりました」と目を閉じた。狭い空間に独特の緊張感が流れた後、カッと見開いた。
「相性抜群です。末永くお幸せになるでしょう」
この結果に先輩は「本当ですか?!」と前に乗り出す勢いで聞き返した。占い師は「間違いありません。幸せな家庭が見えますよ」と穏やかな声で返した。これに秋武先輩は「えへへ……」と何を想像しているのか、顔が赤かった。僕は嬉しい半面、ホッとしていた。もし相性最悪なんて言われたら、秋武先輩がどんな行動をとるか、分からなかったからだ。
「失礼ですが、男性の方」
すると、占い師が僕の方を見て言った。
「はい。何でしょうか?」
「もしかして、あなたの叔母は芸能界で活躍しているんじゃないですか?」
「え? そ、そうですっ! それも分かるんですか?!」
「はい。それにお名前も分かります。上川真奈美さんですよね?」
僕は唖然とした。何も言っていないのに、叔母の職業と名前を言い当てられるなんて――この人、本物だ。
占い師の的中は続いた。
「さらにあなたは同じ部屋に住んでいますね」
「はいっ!」
「そこにはもう一人……叔母さんの親友の方も住んでいますね」
「そうです! そうです! 一緒に同居を……」
「あなたの子供の頃、好きな食べ物はハンバーグとカレーライス!」
「そ、そこまで分かるんですか?!」
「えぇ、私は何もかもお見通しですよ」
僕の全身が電流にうたれたかのように痺れてきた。まさかここまで的中するとは――行列ができるのも納得がいった。
「あの……」
すると、さっきまで大興奮だった秋武先輩が急に落ち着いた声で占い師に話しかけてきた。
「何でしょうか?」
「もしかして……占う前からさとるくんのことをご存知だったんじゃないですか?」
急に何を言い出すのだろう。占い師の霊視能力の影響で気が動転しているのかもしれない。が、占い師の目が右往左往していた。
「な、何を……私は自分の……その、霊的な力で」
睨みつける占い師に秋武先輩はなぜかクスッと笑った。
「冗談ですよ。いくらですか?」
先輩は財布を取り出した。占い師は困惑した様子で彼女をジッと見つめたまま「五百円です」と抑揚のない声で答えた。
僕達はそれぞれ支払うと、テントの外に出ようとした。が、ふと僕の脳裏にある映像が浮かんだ。小さい頃、若かりし頃の叔母と美智子さんが仲良く食事しているシーンが浮かんだ。僕の前にはカレーライスとハンバーグが乗っかったお子様ランチが見えた。その近くに人の気配がした。でも、全くシルエットが浮かばなかった。
どうして急にこんな思い出がフラッシュバックされたのか分からないが、占い師と目が合ったので「お話できてよかったです」とにこやかに言った。
占い師は「また会いに来てくださいね」と穏やかに言ったが、少しだけ潤んでいるような気がした。




