#31 有名人も大変だ
旅行はトントン拍子に進んだ。てっきり、酔いが冷めたら話が流れて終わりだと思っていたが、二人はしっかりと覚えていた。
もうすでに行き先も宿も確保しているらしく、後はどういうプランで旅行を楽しむか、話し合っていた。
初めて聞いた時は一泊二日だったが、スケジュールを調節してもらった結果、二泊三日になった。僕も冬休みに入るので、二日でも三日でも問題なかった。
僕も叔母も楽しみにしていた。朝食の時も何かあったら『あそこ行こう』『ここに行こう』と会話が弾んだ。美智子さんも僕にオススメの観光スポットなどを教えてくれた。
不思議なことに秋武先輩のことはあまり触れなかった。僕はもちろん先輩とは毎日のように連絡を取り合っていた。叔母と美智子さんと一緒に旅行に行くと告げると、彼女は『寂しい』と呟いている顔文字を投稿した後、『おみやげよろしくね♡』とさりげなく要求してきた。
僕は『かわいい』と内心思いながら、先輩にどんなおみやげが欲しいかを聞いた。
※
さて、終業式が終わり、あたふたと準備したりしていると、いつの間にか当日になった。まだ陽も出ていないうちに、僕と叔母は駅に向かった。タクシーで向かっていると、美智子さんから連絡が来た。
「あ、もう先に着いてるって」
「え? もう?」
「かなり楽しみにしてたんじゃないの?」
「まるで子供みたいですね」
「フフフ……あなたもそうじゃない」
「いや、高校生ですけど」
なんて会話が車内で弾んでいると、駅前に着いた。駅内を進んでいく。僕は歩きながら叔母の格好を見た。全身黒っぽい衣装で落ち着いた雰囲気を装っていたが、一つ一つを見てみると、ブランドもので数十万はくだらなそうだった。
しかし、叔母はそれを自慢気な顔もせず、あくまで芸能人というイメージを崩さないためにわざとブランドものを着ているのだと前に話していた覚えがある。
その証拠にたまに通り過ぎる出張に向かうサラリーマンが叔母のオーラに気づいたのか、二度見していた。家族連れとかも通ったが、叔母の事を知っているようで知らないらしく『有名人なんじゃない?』などと噂話みたいに話していた。
芸能人も大変だなと思いながら歩いていると、見覚えのあるシルエットが見えてきた。美智子さんは叔母とは違ってサングラスは付けていたが、ワインレッドのコートを着て、自分の存在をアピールしているかのように見えた。
「やっほー! マナちゃん! 智くん!」
美智子さんは早朝とは思えぬテンションで僕らに挨拶した。
「それじゃあ、行きますか。チケットは持ってる?」
「えぇ、バッチリよ」
「智くん、お腹空いてない? 何かサンドウィッチとか食べる?」
「僕は大丈夫ですけど……あ、でも、せっかくなら駅弁が食べたいです」
僕の頼みに二人は快諾してくれた。
「じゃあ、ついでに私とミッちゃんのも買ってくれる?」
「良いですよ。何がいいですか?」
「うーんとね……」
叔母と美智子さんはそれぞれ食べたい物を渡すと、スマホを取り出して何か操作していた。
「今、アプリにお金を送ったから、それで買ってきて。もちろん、お釣りはいらないから」
そう言われたので、画面を見てみると確かに通知が来ていた。高校生にしては高すぎるお小遣いだった。
「分かりました。では、行ってきます」
「あ、領収書もらうの忘れずに!」
「はいっ!」
僕は小走りに駅弁が売っているお店へと走った。
※
単身の旅行者や家族連れ達にもみくちゃにされながらどうにか買い終えた僕は急いで叔母達の方へと向かった。すると、妙な集まりが出来ているのが見えた。
「すげーー! 真奈美さんと美智子さんだっ!」
「写真撮ってください!」
「この前のドラマ見ました! 演技めちゃくちゃ良かったです!」
「昔からのファンです! 握手してください!」
彼らの熱狂的な歓声を聞いただけで、叔母と美智子さんの周りを集まっているのが分かった。でも、早朝だというのにこんなに人が――と思ったが、まさかとは思いスマホを取り出してみると、SNSで叔母と美智子さんが僕を待っている様子が投稿されていた。
この呟きで拡散されてファンが集まってきたんだなと直感した。叔母と美智子さんは「ありがとうございます。けど、ちょっと人を待たせているので」と微かに聞こえたが、それ以外は彼らのファン達の狂乱にかき消されてしまった。
「ちょっと、どこ触ってるの?!」
すると、急に美智子さんの鋭い声が飛んで来た。どうやら人混みに紛れて痴漢まがいの事をした不届き者がいるらしい。
僕はすぐに警備員を呼んだ。何人かがやってきて、もうしっちゃかめっちゃかになっていた。人々の怒号や悲嘆、悲鳴、何だか枯渇する食料を根こそぎ買い占めてやろうという世紀末みたいな光景になった。
「叔母さーーん! 美智子さーーん!」
僕は必死に二人の名前を呼んだ。しかし、この人の圧力に僕はあまりにも無力だった。すると、人混みを押し退けるように二人が出てきた。すると、どこの誰かの分からない手が叔母の腕を掴んできた。
僕はすぐに駅弁を持った袋を放り投げて、狼のごとく噛み付いた。『いでっ!』と野太い悲鳴があがるとすぐに引っ込んだ。
「急いで! 早く!」
美智子さんが手を振って呼んでいた。僕は叔母の背後を守りながら走っていく。二人とも行き慣れているのか、一切の迷いもなく改札口までたどり着くと、駅のホームに着いた。新幹線は到着していて、もう発車寸前だった。




