#30 まさかのお誘い
キスの後も時間いっぱいまで楽しんだ僕達はホテルを出ていた。夜遅いからか、怪しい人達や酔っぱらいなどもチラホラ見えて不安になったが、先輩が手を握ってくれたおかげで多少は和らいだ。
変な輩に絡まれる事なく無事に駅前に辿り着いた。秋武先輩は僕とは反対側のホームだった。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
僕も先輩も名残惜しそうに見つめ合った。キスしようかなと思ったが、先輩の方から背を向けてホームへと向かってしまった。
僕は軽く手を振って駆け足で向かった。終電も近いホームは閑散としていた。人は僕以外にベンチの上で熟睡している中年の男しかいなかった。
『まもなく、二番線に電車が参ります。黄色い線から離れてお待ちください……』
先輩が乗る電車のアナウンスが流れた。何気なく正面を向くと、ちょうど向かい合うように先輩が立っていた。彼女はスマホの画面を見ていて、まだ気づいていなかった。
「先輩!」
僕は大声で叫ぶと、先輩はゆっくりと顔を上げていた。僕がいる事に驚いたのだろう、目を丸くしていた。
「今日は楽しかったです! 最高でした!」
昨日までの僕だったらあり得ないようなホームの向こう側にいる彼女にお礼を言いながら手を振った。先輩は少し笑いそうになっているのか、口に手をあてていた。
何か言おうとしていたが、その前に電車が来てしまった。こうなるならもっと早く言っておけばよかったなと嘆いていると、ホームに到着した電車の窓に先輩が立っていた。
嬉しそうに手を振っていたので、僕も振り返した。ふと何か口パクで言っていた。何だろうと思って唇を動かすのを見ていると、『また会おうね』と言っているような気がした。
ふと僕の頭の片隅に妙な既視感が出来たが、気のせいだろうと思ってすぐに取り払った。僕は満面の笑みで彼女を見送った。
なんて心地が良いのだろう。生まれて初めての彼女ができたのだ――と僕は堪らない気持ちのまま乗車した。ガランとした席に腰を降ろした。
(あっ! 叔母さんと美智子さん、どうなったんだろう)
僕はスマホの電源を付けてみると、夥しいぐらいの通知が来ていた。予想通り、あの二人からだった。
かなり怒っているんだろうなと思いながらスマホに返信をした。すると、なぜか何も反応がなかった。美智子さんにも返信してみると、同じ反応だった。
(もしかして激怒して無視しているのかな)
僕は家に帰るのが怖かったが、泊まるあてもないの最寄り駅に着くまでの間、生きている心地がしなかった。
※
家に到着しドアを開けると、とても静かだった。てっきり帰っているのかと思って進んでみると、リビングから光が漏れていた。
「ただいま……」
ゆっくり開けてみると、テーブルの方に叔母と美智子さんがいた。二人とも寝息を立てていた。テーブルの上には缶や瓶、つまみを乗せたと思われる皿が置かれていた。
「叔母さん、美智子さん」
僕は二人を揺さぶって声をかけると、叔母と美智子さんがゆっくり目を開けた。そして、僕を見た瞬間、急に大きく見開いた。
「智!」
「智くんっ!」
二人の顔が鬼みたいに険しくなった。かなり呑んでいるのか酒臭かった。
「智ぅ〜〜? あんた、こんな時間まで何をしていたの?」
「えっと、あの、秋武先輩と食事に……」
「ふぅ〜ん、私達に嘘ついて、彼女の所に行ったんだ。ふ〜ん」
「ご、ごめんなさい! 今度はもうしないから!」
僕はひたすら頭を下げた。そう簡単には許してくれないと分かっていても謝り続けた。すると、二人とも大きく溜め息を吐いた。
「じゃあ、今度は私達の誘いにオーケーしてくれるよね?」
「う、うん。もちろん」
僕の解答に二人は顔を見合わせてニヤッと笑っていた。何だか嫌な予感がしたが、僕は何も言わずに二人が言うのを待った。
「私達と一緒に旅行いってくる?」
「……え?」
叔母からの思わぬ誘いに戸惑った。
「そうよ。ミッちゃんと色々話してたんだけどさ、二人とも今週の週末予定が空いているから、どこか出かけようかなと思って」
「色々あって疲れちゃったからさ……温泉で癒そうかなと思って。ねー!」
美智子さんは叔母の肩に肘を乗せていた。どうやら険悪だった仲は酒と愚痴のおかげで解消されたらしい。
「でも、僕がついて行っていいの?」
「いいの。家族旅行も全然行けてないから……ね?」
叔母は照れ臭そうに僕を見ていた。確かに叔母と旅行に行ったのはいつだろう。覚えてないや。
「いいね! 行こう!」
僕の反応に二人とも嬉しそうに抱き着いてきた。二人の豊満な胸が僕の身体を覆い尽くして変な感情になった。死ぬほど嬉しかった。




