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叔母ラヴァー  作者: 黒風月
さとる編
23/55

#23 先生の告白

 僕はテーブルで待つ事になったが、全く落ち着かなかった。テレビでも付けようかなと思ったが、液晶が割られていたので新聞でも目に通そうと思った。しかし、これも手裏剣やチャンバラに使いそうな剣などの遊び道具に変わってしまって読めなかった。


 仕方なく、鞄を取り出して宿題をする事にした。いつも億劫になっている苦手な英語の課題がこれほどまでに集中して望めるのはこの異常な状況のおかげなのだろう。


 先生の鼻歌が聞こえていた。かなり機嫌が良いらしく、野菜を切る時もリズムゲームでもやっているかのようなテンションで包丁を切っていた。


 挽き肉の香ばしさやトマトの酸味の香りを感じながらシャーペンを進めていると、タイマーが鳴った。麺が茹で上がったのだろう。


 先生は何かの歌を口ずさみながらカチャカチャと食器を用意していた。そして、すべての盛り付けが完了したのだろう、足音が近づいてきた。


「お、宿題やっているのか?」


 両手にミートソースを持ってやってきた。僕は「そ、そうです」と若干噛みながら答えると、彼女は「やっぱりお前は優秀だな。先生、お前の担任をもって嬉しいよ」と教師の顔を浮かべて僕の前に置いた。


「じゃあ、課題はそこまでにして……食べよう」

「うん」


 僕は急いで課題を鞄の中にしまうと、山岸先生がフォークを突き出していた。もしかして刺されるのかなと思ったが、先生は「パスタを手で食べるつもりか?」と半笑いで近づけた。僕は危ない方ではない事を知り一安心すると、優しく受け取った。


「いただきまーーす!」

「い、いただきます」


 何とも奇妙な食事が始まった。盗撮の写真が壁紙となっているリビングの中で、ただパスタを啜る音と咀嚼(そしゃく)音、フォークと皿がぶつかる甲高い音が虚しく響いている。


 ミートソースは正直言って微妙だった。たぶんあまり空腹を感じていないからだろう。もしも状況がこうでなければさらに美味に感じたかもしれない。


「どう? 美味しい?」

「はい! とっても」

「そっか! よかったーー! まだパスタとソースも余っているから遠慮なくおかわりしてくれよ」

「あ、ありがとうございます……」


 山岸先生は不気味なほど普段と変りなかった。まるでエレベーターの時と対面した姿とは別人みたいだった。唯一合致する所といったら大胆に開けられた谷間だろう。先生の初めてみる胸の大きさについ視線が入ってしまう。


 ふと先生と目が合った。一瞬だが、先生の眼差しが狩人みたいに鋭く光ったが、またすぐに元に戻った。



 半分ぐらい食べ終えた所で、突然山岸先生はフォークを置いた。


「私、子供がいたの」


 そう話す先生の表情に快活さは残っていなかった。僕もフォークを置いて耳を傾ける事にした。


「昔けっこうヤンチャしててさ……十六の時、付き合ってた不良との間に子供が出来て……産んだの。まぁ、最初は右も左も分からなくて怖くて心細くて堪らなかったんだけど、段々余裕が生まれて自分の子に愛着が湧くようになってきて、なんやかんやで五歳になったんだけど……」


 しかし、そこで急に話を区切ってしまった。よく見ると先生の瞳から涙が溢れ、流星群のように何度も(しずく)が流れ落ちていた。


「その……えっと、その夫がさ……う、う、帰ってきたら……あ、う、う、子供をさ……寝かしつけて……あの、でも、その子、い、息が……」

「これ以上、言わなくて大丈夫です」


 僕は彼女が何を言おうとしているのか、分かった。恐らくその不良夫が幼い息子を殺してしまったのだろう。山岸先生は親指で目元を拭った後、また口を開いた。


「……それ以来、ポッカリと空洞が生まれてさ……それを埋めるために小さい子供をこっそりと撮ったりとかしてたんだけど……でも、こんな事はいけないと思って大学に行って教員の免許を取って……体育教師になってさ。もちろん、今の高校だけど。暫くは平和だった。あの子のことも気にしなくて済んだ……けど」


 突然僕の方を見た。その眼差しは憤怒(ふんぬ)に満ちていた。


「下山のせいだ! お前が学校に入学して以来、再び私の心を乱した! お前の子供っぽい体型とウブな性格がより一層私を強く、強く、押し潰していった! その時、気づいた。私は……お前の事が好きになったんだって……」


 山岸先生は(うつむ)いていた。両肩が小刻みに震えているのが分かった。


「お前の担任も持った時、さらに気持ちが強くなった。背けても背けてもお前への気持ちが止められなかった」

「だから……あんな事をしたんですか?」


 僕は先生の秘め事や刑事事件になったもの全てを含めて聞いた。真意が分かったのか、先生は「他の子に手を出すつもりはなかった。でも、我慢できなかった」とどうしようもない言い訳をしていた。


「……僕の隣に引っ越してきたのは、単なる偶然じゃないですよね」

「……うん」

「もしかしてですけど……覗きとかしていたんですか?」


 『覗き』という二文字に山岸先生は何も答えなかったが、身体は正直みたいでさらに震えが大きくなっていった。


 この反応に僕は溜め息を吐いた。どうやらまだ余罪はあるらしい。


「全部話してくれますか?」


 僕はなるべく穏やかに頼むと、先生は静かに頷いた。

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