#22 赤い女の正体
僕は言葉を失った。それと同時に僕が恐れていた予測が確信に迫りそうになった。
「……先輩、僕、赤髪の女性の正体が分かったかもしれません」
僕の言葉に先輩は特に驚きもせず「実は私も」と落ち着いた声で返した。
「これってどうしたらいいんですか?」
「取り敢えず、様子見ってことね。向こうが動くまで辛抱強く待つしかないわ」
「やはり、現行犯の方がいいですもんね」
「うん、そうそう……」
先輩とそんな会話をしていると、ふとエレベーターの中にあるモニターの外の映像が真っ暗な事に気づいた。
「あれ? あそこ、いつの間に壊れて……」
「あのモニターのこと?」
「はい、今朝、先生と一緒に乗った時は付いて……あっ」
この瞬間、僕の第六感が警告のアラームを鳴らしていた。すぐにエレベーターのボタンに向かい、手当たり次第にボタンを押した。
が、間に合わなかった。もうすでに到着してしまったのだ。
「さ、さとるくん……」
秋武先輩の声が震えているのも無理はない。僕も出来れば彼女の表情を見たくはなかった。もう気配で分かる。エレベーターの前に赤髪の女性がいる事は分かっていた。
「止めてください。山岸先生」
僕は開いた扉の方には一切見ずに叫んだ。ボタンはあえて『開』を押していた。彼女を説得するために。
「狙いは僕なんでしょ? だったら、先輩に危害を加えないでください。その代わり、言う事を聞きますから」
「駄目! さとるくん!」
秋武先輩が声を振り絞って叫んでいた。
「駄目だよ! そんな事をしたら何されるか分かってるの?!」
「分かっています。でも、信じています。僕が知っている先生は頼りがいがあって親しみやすくて、決して人を傷つけるような事はしない人だって」
すると、ドアの外で呼吸が荒くなった。どうやら僕の言葉に葛藤が生まれているらしい。よし、ここで畳み掛ける。
「僕だけ出てきます。先輩は見逃してあげてください」
「でも……」
ようやく先生の方から声が聞こえてきた。僕は「大丈夫です。通報しないですから……ねぇ、先輩?」と秋武先輩の方を向いた。彼女は顔面蒼白で膝から崩れ落ちていた。しばらく口をパクパクしていたが、視線がようやく僕の方を向いた。
「……うん。しない。ぜったいにしない。しないから……助けて」
数分前までの強気な態度とは打って変わって可憐な乙女に成り代わっていた。でも、これだけでは先生の狂気的な意志を変えるのは難しそうだった。
「信じてください。お願いします。もし危害を加えたら僕は行きません。そして、すぐに警察に通報します」
「……副会長と一緒に連れて行けばいいじゃない」
生気を感じさせない亡霊のような声色でおぞましい提案をしてきた。二人いっぺんに連れて行くと言ってきたのだ。
「いや、いや、やだやだ……」
秋武先輩は駄々っ子のように半泣きになりながら首を振っていた。僕はさらに声を張り上げて、「これ以上騒いだら近隣住民から通報が来てどっちみち捕まりますよ! いいんですか?!」と説得を試みた。
また沈黙が流れた。先輩の鼻をすする音が聞こえてくる。僕の心臓はボールみたいに何度もバウンドしていた。
「……いいわ。来て」
ようやく交渉に応じたので、僕は片手でボタンを押したまま横に動いた。予想通り、赤髪の女性が立っていた。その姿を見ただけで卒倒してしまいそうだったが、どうにか堪えた。
「今、行きます」
僕は脆い橋でも渡るかのように慎重にエレベーターを降りた。すると、背後で先輩が飛びつくように閉まるボタンを押したのか、ドアが動く音がした。
山岸先生はピクリとも動かなかった。蝋で固められたかのように静止している彼女はあの快活な先生の面影は一切なかった。
「……来て」
先生は僕に背を向け、足音を立てずに歩いていった。僕はサッと周辺を見渡した後、急いで彼女の後を追った。
※
山岸先生は自分の部屋に案内した。中は不気味なほど薄暗かった。背後からドアが閉められた時、まるで監獄みたいに永遠に出られないような心地がした。
同じ間取りのはずなのに、廊下が妙に長く感じた。山岸先生は静かに靴を脱いで、素足で歩いた。僕には一切見ずにそのまま歩いて行ったので、仕方なく靴を脱いで付いていった。
ドアを開けた瞬間、異様な光景が広がっていた。部屋は明るかった。しかし、リビングの至る所に写真が貼られていた。その写真は全部小さな子供だった。どの子もカメラ目線にはなっておらず、草か建物の物陰がチラリと見えていた。
テーブルと椅子が置いてあったが、一つは木製のベビーチェアだった。そこには赤ちゃんの人形が置かれていた。かなりの年季が入っているのか、口元が汚れていた。その前に食べかけの離乳食が置かれていたから、恐らく食べさせていたのだろう。
山岸先生はゴミを棄てるように赤髪を棄て、いつも通りの髪型に変わった。しかし、奇抜な格好のせいでまだ完全には先生と認識するには受け入れずらかった。
「何か飲む?」
急に普段の声色に変わって戸惑ってしまった。でも、何か答えないといけないと思って「オレンジジュースを」と乾いた声で答えた。
「分かった。お腹は? 空いてる?」
今度は空腹かどうかを聞いてきた。これも拒否したら何されるか分からないので、「ミートソースがいい」となぜか今晩食べたい物を言ってしまった。
「いいよ。作ってあげる」
これが良い効果をもたらしたのか、先生の声が上機嫌になってくれたので、ホッと一安心した。




