#2 叔母の魅力を知ってるのは僕だけだ
学校にいる時は叔母に悶々とせずにすむ貴重な時間だった。僕らの世代は叔母はただの芸能人としか見ていなくて、僕のことはその息子という認識だった。
クラスメイトではそれで揶揄われたりイジメられたりする事もあったけど、今はもう無くなった。
そのおかげかどうかは分からないけど、友達ができた。でも、話す事は大体女子の事だけど。
「なぁ、あの子、最高だよな!」
「あぁっ! たまんねぇよな!」
叔母の影響か、同級生の女子を見てもあまり興奮はしなかった。クラスメイトの中には比較的大きい子もいたけど、特に熱くなることはなかった。そういう時は適当に相槌をうってやり過ごすのがお決まりだった。
すると、チャイムが鳴り、ドアから先生が入ってきた。
「おーい、朝礼始めるぞーー! 席につけーー!!」
担任の山岸明里が出席簿を教壇の上に叩いて催促させた。すぐさま騷いでいた生徒達が慌てて席に戻っていた。僕も端っこの席に座った。
日直の号令で挨拶した後、先生から今日の連絡事項を聞かされた。その間、僕は先生の顔やボディラインを見ていた。
山岸先生は体育教師で常にジャージを着ていた。それでも分かるくらい盛り上がっている部分があるので、ジッパーを脱いだ時の事を想像すると身体が熱くなった。
どうやら僕は叔母の影響で年上の女性が好きになってしまったらしい。かといって、先生に恋心を抱いている訳ではない。僕がイジメられていた時に助けてくれた恩人で、心から尊敬している。
校則に厳しい所もあるけど、キチンと守ればフレンドリーなお姉さんみたいな存在だ。
「おい、下山! 聞いているのか?!」
先生の事を考えていたからか、ボゥっと聞いているのを見抜かれてしまい、鋭く注意されてしまった。クラスメイトがクスクスと笑っていたので、僕は恥ずかしくて机の上に視線を落とした。
※
「大丈夫か? 何か悩みでもあるのか?」
山岸先生は心配そうな顔をして聞いていた。朝礼に行われた英単語の小テストを職員室まで運ばせる役目を担われたのは、これが目的だったようだ。
「い、いえ、特に何も」
「そうか? また誰かに悪口を言われたとか……」
「いえいえ、そんなことは……」
なんて話をしていると、職員室に辿り着いた。山岸先生がドアを少し開けると、隙間から男性教師達が楽しそうに話している声が聞こえてきた。
「やっぱり、俺はマナちゃん派かなー?」
「あぁ、やっぱりそうなんですね。ちなみに俺はミッちゃん派でした」
僕の緊張感が一気に高まった。どうやら職員室内の男性教師達が叔母とその友達の事を話しているらしい。
ネットやテレビで見た情報だけど、一時期のグラビアアイドル界では『マナちゃん派』と『ミッちゃん派』に分かれていたらしい。
マナちゃんは叔母――真奈美だからマナ――なのは容易に想像できる。
ちなみに『ミッちゃん』というのは叔母と同じ土俵で切磋琢磨してきた中島美智子の事を言っているのだろう。
彼女も現役のグラビアアイドルではないが、俳優として芸能活動をしている。僕は小さい頃に一回会ったけど、とても綺麗で叔母に負けないくらいのプロポーションを持っていた。
引退した後でも魅了されそうになっているのに、グラビア界で活躍していた当時を目の当たりにしていた世代は夢中になっていただろう。
「はぁ、本当にたまらなかったよなぁ。あの身体」
「前テレビで見たけど、マナちゃんもミッちゃんも全然変わってなかったな」
「むしろ色っぽくなったよな」
「そういえば、マナちゃんって結婚していたっけ」
「いや、別れて今は独身だ」
「あ、確か山岸先生の所にマナちゃんの甥っ子がいたな」
「あー、いたな。同居しているんだっけ」
「いいねぇ。俺も暮らしてみたいなぁ。そしたら毎晩のようにヤリまくるなぁ」
「おいおい、聞かれてたらどうすんだよ!」
「ハハハハハ、俺達の世代は誰だってあの二人を我が物にしたいと思っていたよ。お前もそうだろ?」
「まぁな。あー、授業参観にこねぇかなぁ」
僕は気が遠くなりそうだった。怒りと哀しみが全身の血流を循環していき、立ちくらみが起きそうになった。
山岸先生は勢い良くドアを開けると、「下山ーー!! 先生の席まで運んでくれーーー!!」と近くにいるはずなのに大声で僕の名前を呼んだ。
僕は入るのをためらったが、先生がさり気なく背中にポンッと押してくれたので、深呼吸して中に入った。
予想通り、男性教師達が集まっていた。皆僕の登場に気まずそうな顔をした。僕が見ても顔を背けていた。彼らの横を通り過ぎ、山岸先生の席に答案用紙を置いた。
「これで……いいですか?」
「あぁ、助かったよ。ありがとう」
山岸先生は僕の頭をポンポン触った後、「早く教室に戻って授業の準備をしろ」と行くように言われた。
僕は「分かりました」と一礼した後、外の方に向かった。また彼らの横を通り過ぎた時に「下山」と男性教師に声をかけられた。ゆっくり振り返ると、オールバックの中年先生が僕の方を見ていた。
「叔母さん、三者面談には来るのか?」
なんともデリカシーのない質問に僕は無視して小走りで外に出て、挨拶もせずにドアを閉めてしまった。
すると、ドア越しでも聞こえるくらい山岸先生の怒声が聞こえてきた。間違いなくあの中年先生に対して怒っているのだろう。
僕は何だか惨めな気持ちになって逃げるように早歩きで教室に戻った。




