#16 叔母の親友と二人きりの晩餐
美智子さんと先生のおかげで、僕の不安がかなり和らいだ。しかし、自分の部屋で一人で宿題をしようとすると、背後に視線を感じて何度も振り向いてしまった。壁や天井にも見えない眼があるような気がして神経を擦り減らした。
なので、リビングに移動してやる事にした。美智子さんはキッチンに立っていた。その世代で流行ったと思われる歌を口ずさみながら包丁で野菜を切っていた。
それを聞いていると、今は一人じゃないんだなと思って勉強が捗った。
「お? 数学、やってるの?」
美智子さんが僕の課題を覗き込みながら木のボウルに入ったサラダをテーブルに置いた。
「なんか分からないところある?」
「えぇ、ここなんですけど……解けるんですか?」
「こう見えて大卒なのよ? 高校生の問題ぐらい余裕よ」
美智子さんはウインクした後、問題文を見た。
「分からない所はここね……どれどれ……」
彼女はしばらく眺めた後、急に「今どきの高校生は難しいのをやっているのね」と独り言を呟きながらキッチンの方へ戻っていった。どうやら分からなかったらしい。
さて、どうにか宿題を終えたので、僕と美智子さんは夕食を取る事にした。テレビを付けると、あの赤髪の女性についての事件を取り扱った特集が出ていた。美智子さんはすぐにリモコンでチャンネルを変えると、「ほらっ! 冷めないうちに!」と勧めていた。
僕は気持ちを切り替えて食卓を見た。どれも家庭の手作りとは思えない高クオリティーな料理ばかりだった。ビーフシチューにはデミグラス草原に生クリームの川が出来ていた。パンの置き方も適当に置いた訳ではなく、キチンと見栄えがいいように小さいのを二つ置いていた。
「凄い。高級レストランのディナーみたい」
「ほんと? なんか智くんのために作ったらこんなに豪華になっちゃった。さぁ、冷めないうちに食べよう!」
僕と美智子さんはいただきますと挨拶をしてシチューをすくって口に入れた。
「うまっ! 凄く美味しいです!」
「ほんと〜! よかった〜! お口に合わなかったらどうしようかと思ってたんだ」
「プロの料理人レベルですよ!」
僕は夢中になって牛肉を食べた。ホロホロとほどけて、肉汁とデミグラスソースの旨味が口の中に広がって脳内が幸せだった。
「うんまぁ〜〜!!」
「美味しそうに食べるね。そりゃあ、マナちゃんも毎朝作りたくなる訳だ」
美智子さんは独り言のように納得したらしく頷きながら人参を口に入れた。
「じゃあ、私とマナちゃんの手料理、どっちが好き?」
「え? うーん、どっちも好きですよ」
「えー、どっちかって言ったら? 忖度はしなくていいから」
「そうですか……では、叔母の手料理が好きですね」
「やっぱりそうかーー! 長年食べてきた味には勝てないかーー!」
「でも、本当に僅差ですよ。美智子さんの腕はこの前食べた三星レストランと同じくらいのクオリティーです」
「おだてるのが上手なんだから〜! でも、そんなに褒めてくれてありがとう♡」
美智子さんは鼻歌を歌いながらサラダのトマトにフォークを刺した。
※
彼女の手料理を絶賛したおかげか、デザートも作ってくれた。フワフワのシフォンケーキだった。生クリームをたっぷりかかったシナモン香る生地が僕の鼻孔を通り、脳内に充満していった。
紅茶も美智子さんオリジナルブレンドで配合した紅茶(家からもって来たらしい)も香り豊かでシフォンケーキと相性抜群だった。本当にコース料理を堪能した気分で心もお腹も満たされた。
僕は空になった皿をキッチンまで運んだ。美智子さんは皿洗いもしてくれていた。日頃から家事をしている習慣がついているのだろう。
「僕もお手伝いしますよ」
「宿題は終わったの?」
「終わりましたよ……急に親らしいことを言ってきますね」
「一度言ってみたかったの。子供……できなかったから」
美智子さんの視線が少し影が出来た。どうやらさらに複雑な事情があるらしい。僕はこれ以上は深堀せず、話題を逸らす事にした。
「それにしても美智子さんの手料理、本当に美味しかったです。朝ごはんも楽しみです!」
「え? フフッ、そんなに気に入ったの? じゃあ、エッグベネディクトでも作っちゃおうかな〜!」
美智子さんは気分が乗った様子で汚れた皿を綺麗に磨いていた。
「そういえば、料理の当番はマナちゃんがするの? それとも日によって?」
「朝ごはんは大体は叔母がやってくれています。夜は事前に作ったのを冷凍して温めています」
「ふーん、しっかりしているんだね。マナちゃん」
「もちろん僕も作る時はありますよ! 今日の朝も玉子焼きと鮭を……」
「へぇー! 智くんが作った玉子焼き、食べてみたいなぁ!」
「いいですよ。朝早く起きて作ります!」
「うん、楽しみにしてるー!」
楽しい会話はあっという間で皿洗いと片付けを終わらせると、晩酌タイムになった。当然僕も参加することになった。
棚に残っていた柿の種やスナック菓子を持ってジュースを注いだ。美智子さんは二本目のグラスワインを満たせた。
「乾杯♡」
「乾杯!」
二人きりの晩酌がグラスのチンッとフレンチキスみたいに軽やかな音色と共に始まった。




