#15 叔母の親友が来てくれた
美智子さんはそう遅くない時間にやってきた。キャリーバッグと思わしき車輪の音をガラガラと鳴らしながら廊下中に響いた。叔母と一緒に現れた彼女は僕を見るや否や、「智くーーーん!!!」と抱きついてきた。
それは戦地から生還してきた兵士の無事に喜ぶ妻のように、背骨が折れんばかりにきつく抱きしめてきた。例にもれず、僕の顔に美智子さんの胸と首元にぶら下がっているネックレスがあたって、痛さと柔らかさの二重攻撃を受けた。さらに声を出す余裕がないほど圧迫されていたので、酸素不足で気絶しそうだった。
「ミッちゃん! 智が苦しそうでしょ!」
「あ、ごめん」
叔母の注意を受けてようやく解放されたが、まだ僕の顔の表面には美智子さんの温もりが残っていた。
「じゃあ、私。仕事行くから後はお願いね」
「おっけーー! 任せといて!」
「……いってらっしゃい」
僕は意識がフワフワした状態のまま叔母に挨拶した。ドアが閉まる音が聞こえると、美智子さんは「さぁて、居候の準備でも始めますか」とキャリーバッグを持った。
「そうだ。智くん、今日の夕飯なに食べたい? 良かったら、作ってあげるよ」
「……え? いいんですか?」
「うん、何もしないで居るのも悪くないかなって……私の手料理食べてみたくない?」
「ぜひっ! お願いします!」
美智子さんが作った夕飯が食べれると思うと、急に意識がハッキリとしてきた。僕のウキウキとした感情が彼女の方にも伝わってきたのか、嬉しそうに「よーし! 久しぶりにはりきっちゃうぞーー!」と腕を組んでいた。
すると、そのタイミングでチャイムが鳴った。それを聞いた瞬間、僕の全身が硬直してしまった。まさかまたアイツが現れたのだろうか。
僕の顔がドンドン青ざめていくのが分かったのか、美智子さんは「待ってて。見に行ってくる」と少し険しい顔をして玄関の方に向かった。
廊下へと続くドアは勢い良く閉じられた。僕は恐る恐るドアに耳をあてて様子を確認した。微かに足音が聞こえてきた。何か確認しているのか、少し沈黙が流れ、ガチャガチャと鍵を開ける音が耳に入ってきた。
「はい……どちらさまですか?」
「あの、下山の担任の山岸なんですけど……えっと、あなたは……」
この声は間違いなく先生だった。僕はドアを開けて玄関を見ると、予想通り山岸先生が立っていた。彼女は僕の無事が分かると安堵した様子で息をついた。
「よかった……あの、君の叔母さんから連絡が来て……その……襲われたとか」
「はい、そうです」
「大丈夫か? えっと、その……学校、行けそうか?」
「先生と一緒に登校できるなら行きますよ」
「ハハッ、そうか。だったら、いいぞ。朝早い時もあるけど平気か?」
「えぇ、早起きには自信があるんで」
僕はなるべく声を張って以前と変わらぬ様子を振る舞った。本当はさっきのチャイムだけでも心臓が鷲づかまれたかのように苦しかったが、僕の周りに頼れる大人がいると思うと心強く感じた。
「そっか……それはよかった」
山岸先生は強張った顔つきが緩んで美智子さんの方を見た。
「あの、あなたってもしかして……この前のドラマで女医役をしていた」
「そうよ。観てくれたの?」
「はいっ! うわぁ、有名人に会えるなんて感激……握手だけでも」
「いいけど。もう少し声のボリュームを落としていただけるかしら。ここにいる事は秘密になっているんだから」
「はいっ! 分かりました。すみません……」
どうやら山岸先生は美智子さんのファンらしく、いつもとは違う可憐な乙女みたいにおどおどとした様子で握手を交わしていた。
「あ、ありがとうございます! 一生の思い出になります!」
「智くんのこと、お願いね」
「はいっ! しっかり守らせていただきます! それじゃあ、下山! また明日!」
余程嬉しかったのか、山岸先生は握られた手を見つめながら去っていった。美智子さんは左右を確認して軽く頭を下げた後、ドアを閉めて鍵とチェーンを付けた。
「なんか面白い先生ね」
「けど、怒ると物凄い怖いですよ」
「じゃあ、安心ね。なんか隣の部屋に行ったけど、もしかして住んでるの?
「はい! 最近引っ越してきたんです!」
「そっか……良かったね、智くん。あんな頼りになりそうな人が隣人で」
「えぇ、本当にそう思います」
僕と美智子さんはそう話しながらリビングの方に戻っていった。




