#14 私が側にいるから
その後はショッピングモールの近くに駐在している警官が来て、僕達をパトカーに乗せてマンションの近くまで乗せてもらった。生まれて初めて乗ったが、まるで捕まったような心地がして良い気分じゃなかった。
マンションの前ではさぞかし大勢の記者や野次馬が来たかと思ったが、全然いなかった。代わりにスーツを着た男二人組が待っていた。
彼らはどうやら警視庁からやってきた来た刑事らしい。近くに停めてある外が見えないタイプのワンボックスカーに乗って事情聴取を受けた。
昭和の雰囲気が漂う中年刑事がコートの胸ポケットからタバコの箱を取り出したが、隣にいる眼鏡を掛けた細い男が「禁煙ですよ」と囁いた。中年刑事は眉間に皺を寄せてしまった。
「えっと、下山智さん?でしたっけ」
「はい」
「歳はいくつですか?」
「十七歳です」
「十七? それにしては随分見た目が……あぁ、なるほど」
中年刑事は何か納得いったのか、禿げた額を触った。
「えっと、下山さん。あなたを襲ってきた人物は赤髪で目元が隠れている女性ではないですか?」
「は、はいっ! そうです!」
「やはり、そうですか……実はこの地域で男の子を中心に狙っている不審者がいるんですが、どの子も皆『目元が隠れた赤髪の女性』と答えているです」
「マンションの管理人にお願いして監視カメラの映像を確認しましたが、証言と一致する人物が乗っていました」
眼鏡刑事はそう言ってメモ帳を見ていた。
「その人は……どこに行きましたか?」
「えっと、エレベーターがエントランス近くまで降りたのを最後に……」
「おい、あんまり喋るんじゃないよ」
中年刑事はたるんだ目を睨みつけると、眼鏡刑事は「すみません」と軽く会釈した。
「まぁ、しばらくは巡回を強めます。下山さんも学校に登校する際は誰かと一緒の方がいいでしょう」
「じゃあ、隣の部屋に先生がいるので、その人に頼みます」
「あ、学校の先生がお隣に?」
「はい、つい最近」
「そうですか……それは心強いですね」
中年刑事は眼鏡刑事に視線を送った後、「では、質問は以上です。ご協力ありがとうございました」と会釈した。僕と叔母はお礼を言って車を降りようとしたが、中年刑事に呼び止められてしまった。
「もしかして……上川真奈美さんですか?」
「え? えぇ、そうですけど……」
「私、デビュー当時からあなたのファンなんですよ。よろしければサインをいただきたいんですが……」
「いいですよ」
中年刑事は眼鏡刑事のメモ帳とボールペンを無理やり取ると、何も書いていないページに指差した。叔母は慣れた手つきでサラサラと書くと、「これでいいですか?」とやや冷たい口調で返した。
「どうもありがとうございます」
彼は黄ばんだ歯を見せてメモ帳を閉じた。
※
刑事達と別れた後、叔母と一緒に部屋に向かった。けど、赤髪の幻が視界にチラついて気が気ではなかった。エレベーターを見るだけで、心臓がバクバクしてきた。
「大丈夫。私が付いているから」
叔母はしっかりと僕の手を握っていた。僕は『高校二年生にもなって何をやっているんだ』と僕を嘲笑うような自分とガタガタ震える子供みたいな自分が入り混じっていた。
「ありがとう。ごめんなさい」
僕は感謝と謝罪を交互に言いながらエレベーターに乗った。呼吸が止まりそうになったが、深呼吸して精神を落ち着かせた。モニターは見ないようにした。万が一映っていたら発狂してしまいそうだからだ。
叔母は僕のうわ言に「いいの。甘えていいの」と側に寄って頭を撫でた。無事に部屋に辿り着いた瞬間、力が抜けた。
フラフラになりながらリビングに行き、椅子に腰をおろした。
「叔母さん、仕事はいいの?」
最初に出た言葉がそれだった。叔母は「マネージャーに頼んで夜にしてもらった。特に急ぎって感じじゃないから。あと、ミッちゃんがうちに来るから安心してね」と支度をしながら言った。
「え? 美智子さんが?」
「うん、なんかまた旦那さんと喧嘩して荷物まとめて家を飛び出したらしいの。たぶんしばらくはここに滞在するのかな」
あー、なるほど。僕が心配ですっ飛んで来たというよりは、旦那と同じ家に居たくなくて逃げて来たって感じかな。
僕の心の中は複雑だったが、一人で部屋にいるのは今はたまらなく怖いので、来てくれて嬉しかった。良いタイミングで喧嘩してくれて助かる。
叔母は支度を終えたのか、僕の所に近寄ってしゃがみこんだ。
「ミッちゃんが来るまでは私がここにいるから……ね?」
叔母の笑顔に僕はなぜか涙腺が緩んでしまった。止めどなく涙が流れて、叔母に抱きついていた。




