#11 赤い女に狙われる
フランクフルトを食べ終え、先生とコンビニで別れた。マンションに戻るまでの帰り道、僕の頭の中には先生の魅惑的な食べ方が何度も再生された。
完全に口淫だった。でも、なんであのタイミングでそういう事をしたのだろう。長いものを食べようとすると、あんな風になってしまうのだろうか。あれに限らず太巻きを食べる時もそうなるのだろうか。
先生の官能的な一面が見られて嬉しいような嬉しくないような心情が入り混じりながら歩いていると、誰かの視線を感じた。
振り返ってみると、誰もいなかった。気のせいかなと思いつつ帰宅した。
「ただいまーー!!」
玄関前で帰った事を告げると、ドタバタと足音が聞こえてきた。叔母が顔を出して僕だと分かると、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「智! どこに行ってたの?」
「コンビニで味噌汁を買いに」
「味噌汁? お味噌ならあるわよ」
「ううん、シジミの味噌汁が欲しかったんだ。昨日お酒飲み過ぎたから必要かなって」
僕はそう言ってコンビニの袋を差し出すと、叔母は「智、ありがとう」と嬉しそうに袋からカップの容器を取り出してラベルを見た。
「じゃあ、朝ごはんにしよっか」
「うんっ!」
※
僕が作った朝ごはんは好評だった。特に玉子焼きは叔母の好みの甘さだったらしく夢中で食べていた。
「智って料理の才能あるのね。どれも美味しいわ」
「叔母さんには負けるよ」
「そう? でも、智の玉子焼きは私より上手かも」
「ほんと? ありがとう!」
僕は鮭の切り身を食べようとした時、先生の事を思い出した。
「あ、そうそう。そういえば、山岸先生が」
「山岸先生?」
「うん、僕のクラスの担任の先生」
「あー! 声が大きくて元気な体育教師の!」
「そうそう! その先生がね。僕のマンションに引っ越してきたんだ」
「えーー! そうなんだ! どこ?」
「隣」
「そうなの?! 知らなかった……」
「先生はタオルを入れておいたはずなんだけど、知らない?」
「うーん、後で探すね。それにしても、担任の先生が隣に来るなんて奇跡みたいだね」
「うん、ビックリしてる」
「これじゃあ、智がズル休みしたくてもできなくなるね」
「ま、まぁね……」
なんて会話をしながら穏やかな朝食は終わった。叔母は仕事着に着替えて、綺麗に化粧をした後、出ていった。
「今日も遅くなるから」
「飲みすぎないでよ」
「分かってる。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい! 気をつけてね!」
叔母の見送りをした後、僕は朝食の片付けをしながら今日の予定を考えた。宿題をやったとしてもまだまだ時間はたっぷりある。
(駅前にあるショッピングモールでブラブラしようかな)
なんて思いながら洗ったコップを置くと、チャイムが鳴った。宅急便か叔母が忘れ物を取りに来たのかなと思いながら玄関前に行き、ドアスコープを覗いた。
赤髪で目元が隠れている見知らぬ女性のドアップの顔が現れた。
僕は反射的に離れてしまった。もしかして怪しいセールスかそれとも雑誌記者が来たのかなと思い再び覗き込むと、今度は顔ではなく谷間が現れた。
僕は困惑した。とても魅惑的ではあるが、一体なぜドアの前にいる人はこんな事をしているのだろうか。
(なにはともあれ、居留守を使おう)
僕は声を静めようと忍び足で玄関から離れた。
「いるのは分かってるのよ」
急にドアの向こうから声をかけられて、全身に鳥肌がたった。
「坊や、独りでお留守番しているんだよね? 可哀想に。私がママの代わりになってあげる……」
何を言っているんだ、この人は。僕は恐る恐る忍び足で近づいて覗き込むと、さっきまでいた人はどこにもいなかった。念のためチェーンを付けてから開けてみた。隙間から廊下の様子を伺っても、あの人の面影はなかった。
(もしかして幽霊?)
そう思った瞬間、僕は背筋が寒くなってきた。この部屋に独りでいる事がたまらなく怖くなった。
『次のニュースです。今朝、登校中の男児が……』
ふとテレビの音が聞こえてきたので、慌てて消した。自分の部屋に行き、適当に身支度を済ませた後、財布の入ったカバンを持って玄関前に向かった。
ドアスコープを覗き込んでいない事を確認すると、慎重に部屋を出た。何度も左右を見渡した後、小走りでエレベーターに向かった。
下の階を押して待っていると、エレベーター内の様子が確認できるモニターがあったので、それを見てみる事にした。エレベーターは全部で二つあって、右側には誰もいなかった。が、左の方にあの女性がまるですぐにドアにピッタリとくっつくように立っていた。
エレベーターにある鏡に階数が表示された画面が反射されていた。そこには僕が今いる階に徐々に近づいて来ていた。ふと女性が中に設置された外の様子も確認できるモニターの存在に気づいたのか、ゆっくりと顔を向けた。何か口パクで言っている様子だった。
『あ・い・に・い・く・ね』
そう言っていると分かった瞬間、僕は居ても立ってもいられなくなり、すぐさま階段の方へ走った。万が一右のエレベーターに乗って先回りされたら一巻の終わりだからだ。
「はぁはぁ……」
しかし、僕が住んでいる所から高層マンションを階段で一番下まで降りるのはかなりの体力が必要だった。僕は小休憩を挟む傍らすぐにスマホを取り出して、叔母に連絡した。
『もしもし、智、どうしたの?』
「追いかけられてる!」
『え? なに?』
「誰かが僕の……」
報告しようとした瞬間、上からバタバタバタと凄まじい足音が聞こえてきた。僕はすぐにあの女性が全速力で降りてきていると直感した。
僕は夢中になって駆け降りた。叔母は画面から『智? 何かあったの? ねぇ、返事して!』と呼びかけてるが、応えるどころじゃなかった。
とにかくあの女性に捕まったら何をされるか分からない。その恐怖心が僕の全てを支配し、それに応えるように脳が駆け下りろと命令していた。
呼吸がまともにならないくらいになるまで一階に到着した。無意識にエレベーターのモニターを見てみると、あの女性は再び乗っていてもうすぐ着きそうだった。
僕はこれでもかと駆けて、エントランスを抜け、外に出た。そして、なるべく人が多い大通りの方に向かった。




