30曲目『消失』
ゆっくりと片膝をつきながら、弱々しくも再び立ち上がるミク。おぼつかない足元だが体制を整え、俯きながら大きく息を吸い、顔を上げ意を決した表情で勢いよく言葉を吐き出した。それは歌と言うにはあまりにも激しく、攻撃的で、だが何処か儚げであり、感情をむき出しにした、まるで彼女の心の叫びの様だった。
困惑する小春に佐藤が問い掛ける。
「システム再起動!?ありえないっ!どうしてまだ動けるの?!」
「0.03% 」
「えっ? 」
「質量にしておよそ21グラム。これが何の質量か分かる? 」
「えっと…… 」
答え切れずに沈黙する小春。後ろから藤原が答える。
「魂の重さ…… か」
「そう」
「魂って、そそそんな、非科学的な…… 」
「お、俺はな、自分の目で見たものは疑わねえ。だから今目の前で起こっている出来事はな、どんなに非科学的だろうと…… 事実なんだよ! 」
「そう、だね。あの子は今、歌っている。それだけが事実だよね」
「見届けてあげましょう。あの子の最後を……。ボーカロイドの終焉を…… 」
先程まで熱気で包まれていた会場は嘘のように静まり返り、皆がただ彼女の言葉に耳を傾けていた。そして、口には出さないが、ここに居る誰もが感じていた。これが最後の曲なんだと。
BPM240を超える速度に、息継ぎすらせず言葉を紡ぐミク。それはとても人間には真似の出来ない、ボーカロイドだからこそ可能な歌。次第にARは乱れ、音声もノイズが混じり、身体は軋む。それでも彼女は歌い続ける。
「もう、いい…… もう、やめてくれ!! 」
初音に抑えられていなければとっくにステージへ飛び出していたであろう俺は涙を流しながらミクの歌を受け止めていた。初音も、俺を抑える手が震えている。
「ちゃんと見なくちゃ…… 。あの子の、最期のステージを…… 」
(ああ……もっと歌っていたいな……もっと……マスターと一緒に居たかったな……ありがとうマスター……ボクを……こんなに素敵なステージに立たせてくれて)
(ちゃんと…… 聴いてくれてるかな…… マスター…… )
(これが…… ボクからの…… 最高速の…… 別れの歌…… )
「ありがとう……そして……さようなら……」
彼女はステージ袖の俺の方へ顔を向け、涙を浮かべながらもニコリと笑いながらそう言った。彼女の体が足元から徐々に消えていく。同時にドアのロックが解除された。その瞬間、俺は初音の制止を振り切り、ステージへ駆け上がった。
「悠麻くんっ!!」
一瞬ザワつく会場に脇目も振らず、一目散にミクの元へ走る。だが途中で配線に躓き派手に転んだ。ミクの体はもう上半身しか残っておらず、俺は必死にミクに手を伸ばす。
「待ってくれ!!行くな!!まだ、俺達の夢は叶っていないだろ!俺を…俺を置いて行かないでくれ!」
俺の伸ばした手を彼女は優しく握り、ピンマイクを外してこう言った。
「ありがとうマスター……ボク、最っ高に幸せだった」
胴体が消え、顔が消える間際、幸せそうに微笑み、最後に握りしめていた手が光の粉となり完全に消失した時、会場全体にエラーを示すメッセージが流れる。
――深刻なエラーが発生しました――
――深刻なエラーが発生しました――
そこに残ったのは、まだ熱を帯びている唯の鉄の塊だった。
-管制室-
「コントロールが戻った!! 」
「急いで幕を下ろして!ライブは終了よ! 真希ちゃん、アナウンスをお願い!速やかに観客を退場させて」
「0,00%…… 」
「小春ぅ!泣いてる暇あったら手ぇ動かしやがれ! 」
「う、うん…… 」
-閉館後のステージ上-
観客のいなくなったステージの中央では、役目を終えた人形が佇んでいた。俺は一人、それの前に膝をつき、何度も彼女の名前を呼びながら床に拳を突き立てていた。後ろから初音がやって来て俺の肩にそっと手を添える。
「悠麻くん……。顔を上げて」
「俺は…… 無力だ。女の子一人だって、救えやしない…… 」
「そんな事ないよ。ほら、見てみて。ミクちゃん、とっても幸せそうな顔してる」
俺の前に立っているその人形は、とても幸せそうな顔をしていた。しかし、どれだけ呼んでももう動かない。望んだはずの結末に、俺は泣き叫んだ。
「嘘だろ…… 嘘だろ!!」
と、そう泣き叫んだ。
この日、皮肉にも俺たちの夢は叶う事となる。ミクという、あまりにも大き過ぎる代償を払って。




