大江山の先住民
京の都の境界線を越えて、まだ小一時間ほど歩いた頃。
目の前にそびえ立つ山道の空気は、一歩進むごとに目に見えて重苦しくなっていった。
ただの険しい傾斜ではない。
周囲に生い茂る木々はどれも不自然にねじ曲がり、奇妙な形にねじれた枝が、まるで地面から這い出た無数の手が私たちの行く手を阻んでいるかのようだ。
「……頼光様。足元をよく見てください。このあたり、妙な窪みが多い」
山伏の衣の袖を軽く払いのけながら、藤原保昌が足を止めて低く呟いた。
言われてみれば、湿った土の地面のあちこちに、大人が一人すっぽりと隠れられるほどの、奇妙な縦穴や横穴がいくつも掘られている。
獣の巣にしては大きすぎるし、かといって人が生活するためのものとも思えない。
「これは一体、何の穴だ……? 罠のようにも見えないが」
坂田金時が穴を覗き込もうと、一歩近づく。
「金時、不用意に近づくでない。……妙ですね、頼光様。穴の周囲の土が、まるで人間の手で激しく掻き毟られたかのように荒れています」
知略家の卜部季武が、鋭い視線で穴の縁を観察しながら警告した。私たちは修行僧に見せかけるため、武具を衣の下に隠している。
そのため、もしこの穴から何かが飛び出してきたら、咄嗟の初動が遅れる恐れがあった。
「皆、衣の下の獲物にいつでも手をかけられるようにしておけ。ただならぬ気配だ」
私の指示に、四天王たちが静かに陣形を広げる。
その時だった。
ガサリ、と頭上の枯れ木が揺れ、同時に私たちの足元の「穴」からも不気味な地鳴りのような音が響いた。
「……王地に住みながら、我らを追い落とした都の犬どもめ……」
霧の奥から響いたのは、人間のものとは思えない、地を這うような低い声だった。
次の瞬間、地面のあちこちに開いていた暗い穴ぐらから、泥を払い落としながら『それ』が一斉に這い出てきたのだ。それは衣服をボロボロに引き裂かれた、異様な体躯の男たちだった。その手足は異常に長く、爪は鋭く尖り、肌は土灰色に汚れている。
「なっ……!?」保昌が息を呑む。
それを見た四天王筆頭の渡辺綱が、合点がいったように刃の如き視線を向けた。
「『土蜘蛛』か! かつて朝廷に恭順せず、この山の穴ぐらに立て籠もって最期まで抵抗したという、反逆の民の末裔……!」
数百年前に討たれたはずの、まつろわぬ民の怨念。
それがこの大江山の深い妖気によって、異形の化け物へと変じさせられたのだろう。
「山伏のふりをして、酒呑童子様の城へ向かうか。……そうはさせぬ。都の血を、ここで一人残らず啜ってくれるわ!」
男たちの目がらんらんと赤く輝き、私たちの周囲を完全に包囲する。「奇妙な穴」の正体は、大江山の先住民たちが仕掛けた、最悪の待ち伏せの陣形だった――。




