寂れた村
京の都を離れ、私たちが最初に差し掛かったのは、かつて都への物流の拠点として栄えていたはずの小さな村だった。
しかし、そこに往時の活気は微塵もなかった。
「……ひどいものですね。日中だというのに、人っ子一人歩いていない」
山伏の衣の隙間から周囲を見回し、藤原保昌が低く呟いた。
並ぶ家々の戸は固く閉ざされ、まるで村全体が息を潜めているかのようだ。
私たちが纏う山伏の白い衣。
この変装の目的は、鬼たちに武士だと見破られないためだけではない。
こうして都の外を歩く際、過剰に周囲を警戒させず、自然に情報を集めるためでもあった。
「頼光様、あそこに老人が一人おります。少し話を訊いてみましょう」
隠密行動に長けた碓井貞光が、一軒の軒下に腰掛けた老人を指差した。
私は小さく頷き、静かに歩み寄る。
「旅の山伏にございます。少々、道を尋ねてもよろしいでしょうか」
私が極めて穏やかに声をかけると、老人は怯えたように肩を跳ね上がらせた。
だが、私たちの姿が修行僧だと分かると、ホッとしたように深く息を吐き出した。
「おぉ……お坊様方ですか。てっきり、また大江山の『奴ら』が山から下りてきたのかと……」
老人の手は、恐怖で小刻みに震えていた。
その様子を後ろで見ていた坂田金時が、怒りを堪えるように拳を強く握りしめる。
「やはり、この村も鬼の被害に遭っているのですね。私たちは山を巡る修行の身。宜しければ、最近の山の様子を教えていただけませぬか。お祈りの足しにいたします」
知略家の卜部季武が、自然な口調で話を促す。
老人は周囲をきょろきょろと見回し、声を潜めて語り始めた。
「最近の、大江山は……本当におかしいのです。夜な夜な、山頂のあたりから不気味な赤い明かりが何十個も灯り、まるで山全体が生きているように不気味な鳴き声をあげるのです」
「山が、鳴く……?」
渡辺綱が、眉をひそめた。
「はい。それだけではございません。数日前、山の麓を通りかかった猟師が言うには、山伏の格好をした怪しい男たちが、巨大な酒樽をいくつも担いで山へ入っていくのを見た、と……」
山伏の格好をした男たちが、酒樽を?それは明らかに不自然だ。
私たちと同じように、何者かが変装しているのか。
あるいは、鬼たちが人間の姿に化けているのか――。
「貴重な話を感謝いたします。どうかご無事で」
私は老人にそう告げると、いくばくかの施しを渡し、村の出口へと歩き出した。
「頼光様、どう思われますか? 酒樽を運ぶ山伏など、怪しさしかありませんが……」
保昌が真剣な表情で私の隣に並ぶ。
「ああ。敵の罠か、あるいは酒呑童子の新たな企みか。これから向かう旅路、最初から一筋縄ではいかないようだ」
私は振り返り、頼もしい仲間たちの顔を見つめた。
綱、金時、季武、貞光。
彼らの瞳にあるのは、怯えではなく、獲物を据えかねた鋭い戦意だ。
「いずれにせよ、大江山で何かが起きているのは間違いない。皆、さらに気を引き締めて進むぞ」
私の言葉に、仲間たちは言葉を返す代わりに、静かに顎を引いて頷いた。
私たちは不穏な噂が渦巻く村を後にする。




