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抜け殻  作者: 桃空文伽
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4-異変

~続き~

 週末、夫は出張に出かけた。地方で開催されるイベントを仕切らなければならないそうだ。数日とはいえ、久しぶりに家の中には自分しかいないと思うと、気楽ではあるけれども張り合いがなくなってしまう。食事だってふたりいるとそれなりにちゃんとしたものをつくろうと思うのだけれども、自分だけだと思うとあるものだけでいいやということになってしまう。冷蔵庫の中の漬物と白米だけで十分なのだ。しかし三日もするとさすがにそういうのも飽きてしまって、鮭の切り身を買ってきて焼いた。鮭はだいたい三切れがパックになっているのでこれで明日と明後日のメニューが決まった。

 三切れ目の鮭をムニエルにして食べた翌日、出張から帰った夫の顔を見て驚いた。日焼けで赤くなっていた肌がすっかり定着したということなのか、真黒になっている。ぱっと見はどこか南の国の人間みたいだ。

「よく焼けたねぇ」

「ほとんど外だったからなぁ。思いのほか天気もよかったし」

 急激な日焼けは肌によくない。男女関係なく、ちゃんとケアしとかないと後で後悔することになる。老人になると増えてしまうシミも、若いころに受けた紫外線が原因なのだ。シミだけならまだしも、最近では皮膚がんの原因が説かれている。調子よく日焼けするのはいいが、皮膚癌になどなりたくはない。どうでもいいよケアなんてと面倒臭がる夫が風呂から出てくると、化粧水とコットンを渡してパッティングの方法を教え、最後に塗るのよと保湿クリームを目の前に置いた。こうか? これでいいのか? ぶつぶつ言いながら、しかし結構真面目に時間をかけて化粧水を肌に叩き込み、クリームを手のひらに広げて顔じゅうを真っ白にした夫は、こりゃ案外気持いいなと言って作業を終えた。

「ねぇ、どうなった?」

 不意に思い出して口にした。

「どうって、なにが?」

「ほら、額の吹き出物」

「吹き出物? そんなものあったっけ?」

 すっかり忘れてしまっている。女にとって大事件である顔のトラブルも、男にとってはなんでもないのだ。

「ちょっと見せて。見てあげる」

 夫の髪をかきあげて生え際のあたりを確認する。ない。消えている。赤い芯を持った膨らみは消えているのだが、同じところに小さな筋が生じていた。皮膚に筋というのが変であれば、皺と呼ぶべきかもしれないし、もっと言うとヒビと呼ぶべきものかもしれない。とにかく短い筋が縦に入っているのだ。こんなところに縦の筋だなんて。普通、額の皺は横に入る。眉間のところに入る皺は縦だけれども、こんな生え際に縦の筋だなんて。

「ちょっと額を動かして」

 なんだようと言いながら、夫は面白がって眉から上を左右交互に、左右同時に、右へ左へと小器用に動かしてみせた。だが、度の動きを見ても生え際に筋をつくるような動きはなかった。なんだかおかしいわねえと思ったが、そんなことより吹き出物が消えてよかったわねと安心させた。

                            ~続く~

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