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第七の記録が開く夜

王都の地下に、異変が起きていた。


王宮北西区画。 旧倉庫。 王立記録院の地下書庫。


それぞれの場所で、青白い光が同時に発生したという報告が届いている。


私は、王立記録院の閲覧室で、その報告書を読み終えた。


「……機構が動き始めたわね」


ノアが地図を広げる。


「三つの地点を結ぶ線が、王宮地下の最深部へ集中しています」


エミリアは、地図の中央に指を置いた。


「ここ……」


彼女の指先が震える。


「夢で見た場所と、同じです」


私は彼女を見た。


「エミリア。無理に思い出そうとしなくていいわ」


「……はい。でも、少しだけ分かる気がします」


彼女は目を閉じた。


「ここには、誰かが待っている」


その言葉に、私は息を止めた。


誰かが待っている。


その感覚は、私にもあった。


ただし、私の場合は、恐怖に近い。


何度も死を経験した記憶の奥に、まだ触れていない何かが残っている。


それが、私を呼んでいる。


「……行きましょう」


私は立ち上がった。


ノアが頷く。


「準備は整っています」


エミリアも、私の隣に立った。


「今度は、三人で」


私は、彼女の言葉に微笑んだ。


「ええ」


その返答に、胸の奥が少しだけ温かくなった。


◇


王宮地下の最深部。


私たちが到着した時、巨大な石門はすでに開いていた。


その向こうには、見覚えのない空間が広がっている。


円形の床。 無数の石柱。 中央に浮かぶ、巨大な青白い結晶。


そして、結晶の表面に刻まれた文字。


『第七の記録』


私は息を呑んだ。


「……これが」


ノアが、周囲を見渡す。


「これまでの遺構とは、構造が異なります。まるで、機構の中枢そのもののようだ」


エミリアは、結晶を見つめていた。


「……誰かが、ここにいる」


その瞬間。


結晶の光が強くなった。


床に刻まれた魔法陣が、青白く輝く。


『記録保持者三名、接続を確認』


『起点保持者、ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン』


『候補二、エミリア・ローゼン』


『候補三、ノア・ヴァルケイン』


私は手帳を取り出した。


そこには、新たな文字が浮かび上がっている。


『第七の記録、開放条件を満たしました』


『起点変更、実行可能』


私は、ゆっくりと息を吐いた。


「……ようやく、ここまで来たのね」


ノアが私を見た。


「ヴィオレッタ様。ここから先は、あなた一人では決められません」


「分かっているわ」


エミリアも頷いた。


「私たちも、同じ選択をします」


私は二人を見つめた。


以前の私は、二人の未来を自分の手で決めようとしていた。


彼らを失うことが怖かったから。


しかし、今は違う。


彼らが自分の意思で選ぶことを、私は受け入れたい。


「……ありがとう」


その時、結晶の中央に、人影が浮かび上がった。


銀灰色の髪。 紫紺の瞳。 見覚えのある顔。


それは、私だった。


だが、今の私とは違う。


その人物は、静かに微笑んでいた。


「……ようやく、来たのね」


私は息を止めた。


「あなたは……誰?」


結晶の中の私が、ゆっくりと顔を上げる。


「私は、最初の起点保持者」


その声は、私と同じだった。


「そして、あなたが繰り返してきた記録の、最初の持ち主」


ノアが、驚愕した表情を浮かべる。


「……最初の持ち主?」


エミリアは、結晶を見つめたまま呟いた。


「……私たちの記憶も、そこにあるの?」


結晶の中の人物は、静かに頷いた。


「すべてではないわ。けれど、あなたたちが失った記憶の一部は、ここに保存されている」


私は、一歩前に出た。


「……なぜ、私が起点に選ばれたの?」


結晶の中の私が、微笑んだ。


その笑顔には、悲しみがあった。


「あなたが、最後まで記憶を手放さなかったから」


私は、言葉を失った。


「……何を?」


「あなたは、何度も死を経験した。何度も大切な人を失った。それでも、記憶を手放さなかった」


その声が、空間に響く。


「だから、機構はあなたを起点にした」


私は、拳を握り締めた。


「……ならば、私が消えれば、すべてが終わるの?」


結晶の中の人物は、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ」


私は息を呑んだ。


「あなたが消えても、機構は別の起点を選ぶ。記録の修正は続く」


「……では、どうすれば?」


結晶の中の私が、静かに答えた。


「記録を、誰か一人のものにしないこと」


その言葉が、胸の奥に響いた。


ノアが、私の隣に立つ。


「……つまり、記憶を共有するということですか?」


「共有するだけではないわ」


結晶の中の人物は、微笑んだ。


「それぞれが、自分の記録を自分のものとして受け入れること。そして、他者の未来を奪わないこと」


エミリアが、小さく呟く。


「……それが、選別を止める方法?」


「そうよ」


結晶の光が、さらに強くなる。


『第七の記録、最終接続を開始』


『記録保持者三名、選択を要求』


私は、二人を見た。


ノア。 エミリア。


彼らの手が、私の手に重なる。


私は、目を閉じた。


もう、誰かの未来を私だけで決めない。


もう、恐怖から逃げるために、他者を支配しない。


そして、私自身の記憶を、罪としてだけ扱わない。


「……私たちは、選ぶわ」


私は、結晶に向かって手を伸ばした。


「誰か一人を犠牲にする記録ではなく、三人が自分の意思で生きる記録を」


その瞬間。


結晶が、眩い光を放った。


地下空間全体が震える。


そして、結晶の中の私が、最後に微笑んだ。


「……今度こそ、あなた自身の人生を生きて」


光が、私たちを包み込んだ。


その先に何が待っているのか。


私は、まだ知らない。


ただ、初めて。


未来を恐れるだけではなく、未来を選びたいと思った。


そして、永遠記憶機構の奥深くで。


新たな記録が、静かに始まった。


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