罪を抱いたまま
朝食の席に、私は姿を現さなかった。
侍女が何度か様子を伺いに来たが、私は寝室から出ることを拒んだ。
空腹は感じていた。 喉も渇いていた。
けれど、食べ物を口にする気にはなれなかった。
目を閉じれば、地下保全室の光景が蘇る。
ノアの叫び。 エミリアの涙。 崩れていく石柱。
そして、私の手。
あの時、私は何を選ぼうとしていたのだろう。
二人を救いたかった。
しかし、そのために二人の意思を無視した。
彼らが私を止めようとした理由を、私は理解しようとしなかった。
「……私は、最低ね」
呟いた言葉が、静かな部屋に落ちた。
以前なら、そんな自分を否定しただろう。
私は悪役令嬢ではない。 私は彼らを守ろうとしている。
そう言い聞かせていた。
だが、今は違う。
私がしてきたことは、間違いだった。
その事実を、認めるしかなかった。
昼過ぎ。
私はようやく寝室を出た。
廊下を歩いていると、窓の外に見慣れた姿があった。
ノアとエミリア。
二人は庭園の片隅で話をしていた。
エミリアが何かを言い、ノアが静かに頷く。
その光景を見て、胸が痛んだ。
二人は生きている。
私の知らないところで、普通に笑い、話し、日常を過ごしている。
それは、本来なら喜ぶべきことだった。
私は窓から離れようとした。
その時、エミリアがこちらを見た。
目が合う。
彼女は少し驚いた後、微笑んだ。
私は反射的に視線を逸らした。
逃げるように廊下を歩く。
「……ヴィオレッタ様」
背後から声がした。
ノアだった。
私は足を止めた。
「お話しすることはないわ」
「そうですか」
彼は、それ以上近づかなかった。
「ですが、一つだけ伝えておきたいことがあります」
私は振り返らなかった。
「何?」
「あなたが何を抱えているのか、私には分かりません」
彼の声は、穏やかだった。
「それでも、あなたが苦しんでいることは分かります」
私は唇を噛んだ。
「……あなたには、分からないわ」
「ええ。分かりません」
彼は、否定しなかった。
「だから、教えてほしいのです」
私は目を閉じた。
教える。
何を?
何度も繰り返した人生。 彼らの死。 私自身の罪。
そんなものを、どう説明すればいいのだろう。
「……もし、私があなたを傷つけたとしたら?」
ノアは、少しだけ考えた。
「その時は、あなたに理由を聞きます」
「許してくれるの?」
「それは、理由を聞いてから決めます」
私は、思わず小さく笑った。
以前の私なら、その答えに苛立ったかもしれない。
今は、少しだけ救われた気がした。
許されることを、彼に求めてはいけない。
私がしたことを、なかったことにしてはいけない。
それでも。
「……ありがとう」
私は、初めて彼にそう言った。
ノアは微かに目を見開いた。
その時、庭園からエミリアの声が聞こえた。
「ヴィオレッタ様!」
彼女が駆け寄ってくる。
「お会いできて嬉しいです」
私は彼女を見つめた。
その笑顔が、あまりにも眩しかった。
「……エミリア」
「はい?」
「私、あなたに謝らなければならないことがあるわ」
エミリアは不思議そうに首を傾げた。
「何でしょう?」
私は、すぐには答えられなかった。
彼女に話すべきことは、あまりにも多い。
けれど、今の私にできることは、一つだけだった。
「……あなたを、信じることができなかった」
エミリアの表情が、少し変わった。
「私は、あなたを守るためだと言いながら、あなたの自由を奪おうとした」
声が震える。
「それは、間違いだったわ」
エミリアは、しばらく私を見つめていた。
やがて、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとうございます」
その言葉に、私は顔を上げた。
「でも、ヴィオレッタ様」
彼女は、真剣な表情で続けた。
「私は、あなたが何もかも一人で背負うことを望んでいません」
胸の奥が、痛んだ。
「……」
「私たちに、できることを教えてください」
私は、彼女の手を見た。
あの時、取れなかった手。
今なら、触れてもいいのだろうか。
私は、ゆっくりと手を伸ばした。
エミリアの指先に触れる。
温かかった。
その温かさに、涙が溢れた。
「……ごめんなさい」
私は、もう一度謝った。
今度は、逃げずに。
その瞬間。
手帳が、遠くの部屋で青白く光った。
『候補一、心理的変化を確認』
『記録保持者の自責反応、増大』
『第七の記録、反応開始』
庭園の地面が、微かに震えた。
ノアが顔を上げる。
「……今のは?」
エミリアの手が、私の手の中で震えた。
私は、彼女を見つめた。
「……分からないわ」
だが、私は知っていた。
この繰り返しは、まだ終わっていない。
そして、私が抱えている罪も。
まだ、消えてはいないのだ。




