偽りの協力者
王都北西区画。
夜の帳が下りる頃、私は一人で旧王宮の外壁に沿って歩いていた。
昼間に見た青白い光。 手帳に浮かび上がった警告。 そして、ヴァイス元技術顧問の言葉。
それらは、すべて同じ場所へと繋がっている。
地下保全室。
私は懐中灯の魔石を握り締め、古い石段を下りた。
「……ここね」
石壁の表面には、枝分かれした線と小さな円が刻まれている。
以前、倉庫や古代遺構で見つけたものと同じ意匠だった。
指先を近づける。
青白い光が、微かに反応した。
その瞬間。
「やはり、来たか」
背後から声がした。
私は振り返る。
灰色のローブを纏った人物が、石段の上に立っていた。
顔はフードに隠されている。
「あなた……」
「候補一。お前の行動は、予想通りだ」
「私の手帳に干渉しているのは、あなた?」
「その問いに答える必要はない」
人物は一歩、近づいた。
「だが、忠告はできる。お前は今、記録の修正を加速させている」
「私が何をしようと、あなたには関係ないわ」
「関係がある。お前が選別に抵抗するほど、他の候補に負荷がかかる」
私は眉を寄せた。
「……ノアとエミリアのことね」
灰色のローブは、答えなかった。
その沈黙が、答えだった。
「ならば、二人を選別から外す方法を教えなさい」
「不可能だ」
「あなたは、何も知らないの?」
「知っていることはある。だが、お前が望む答えではない」
私は彼を睨んだ。
「回りくどいわね」
「お前は、彼らを守るために支配しようとしている。だが、記録はお前の意思だけでは動かない」
「……」
「一つだけ、方法がある」
私は息を止めた。
「候補二と候補三の接続を、一時的に分離することだ」
「どうすればいいの?」
「地下保全室の中枢にある、分岐装置を起動する。候補一の記憶を鍵として、二人の接続を切り離す」
私は手帳を握り締めた。
「私の記憶が必要なの?」
「お前が持つ記録は、他の候補とは異なる。未登録の変数として、機構に干渉できる可能性がある」
「可能性……」
「成功すれば、二人は選別から一時的に解放される。失敗すれば、記録の修正が強制的に行われる」
私は目を細めた。
「その場合、何が起こるの?」
「お前が知るべきことではない」
「……また、それね」
私は冷笑した。
「何も教えず、危険だけを押し付ける。あなたたちは、私を利用したいだけなのでしょう?」
灰色のローブは、わずかに首を傾けた。
「利用できるなら、そうするだろう」
予想外の答えだった。
「……正直なのね」
「お前も、同じことをしている」
その言葉に、私は黙った。
ノアを脅した。 エミリアの自由を奪おうとした。 管理官の家族を利用した。
私は彼らを守るためだと、自分に言い聞かせてきた。
だが、実際には。
自分が失う恐怖から、彼らを支配しようとしている。
「……装置の場所を教えて」
私は顔を上げた。
灰色のローブは、石壁の奥にある扉を指し示した。
「その先だ。だが、忘れるな。分岐装置は、記憶の持ち主を選ぶ」
「私を選ぶの?」
「それは、お前次第だ」
私は扉に手をかけた。
その瞬間、手帳が激しく震えた。
『候補一、強制介入を確認』
『候補二、接続反応の増大』
『候補三、記録同期の開始』
青白い光が、手帳から溢れ出す。
私は歯を食いしばった。
「……まだよ」
扉を開く。
その先には、巨大な円形の空間が広がっていた。
中央には、三つの円を繋ぐ古代の魔法陣。
その周囲に、いくつもの石柱が並んでいる。
石柱の表面には、名前が刻まれていた。
ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン。
エミリア・ローゼン。
ノア・ヴァルケイン。
そして、その下に。
『第七の記録』
私は息を呑んだ。
「……これが、中枢」
灰色のローブが背後から言った。
「起動すれば、候補二と候補三の接続を分離できる。ただし、代償が必要だ」
「何を?」
「お前の記憶だ」
私は石柱を見つめた。
記憶。
前世の記憶。 繰り返した人生。 彼らが死んだ光景。
それらを失えば、私は彼らを守る方法を知らなくなる。
だが、失うことができれば。
もう、あの死を思い出さずに済むのかもしれない。
「……それで、二人は助かるの?」
「可能性はある」
私は目を閉じた。
そして、ゆっくりと手を伸ばした。
その時。
「ヴィオレッタ様!」
背後から、聞き慣れた声が響いた。
私は振り返る。
ノアとエミリアが、扉の前に立っていた。
二人とも、息を切らしている。
「どうして……」
ノアが私を見つめた。
「あなたが一人で危険な場所へ向かうと聞いたので」
「……誰から聞いたの?」
「あなたの屋敷の執事です。彼は、あなたを止めるべきだと考えたのでしょう」
私は唇を噛んだ。
エミリアが一歩、近づく。
「ヴィオレッタ様。お願いです。私たちを、あなたの計画から除外しないでください」
私は二人を見つめた。
今、ここにいる二人は生きている。
それだけで、胸が苦しくなる。
「……あなたたちは、何も分かっていない」
「それでも、あなたを一人にはしたくありません」
エミリアの声は震えていた。
ノアが、静かに続ける。
「あなたが何を知っているのか、何を恐れているのか。すべてを話せとは言いません」
彼は私の目を見た。
「ですが、私たちを信じることを、完全に諦めないでください」
私は拳を握り締めた。
信じる。
その言葉が、再び胸を抉る。
灰色のローブが低く告げた。
「時間がない。接続はすでに始まっている」
魔法陣が青白く輝いた。
石柱に刻まれた三人の名前が、次々と光を放つ。
そして、中央に新たな文字が浮かび上がった。
『選別対象、三名』
『候補一の選択を待機』
私は二人を見た。
彼らを守りたい。
その願いだけは、嘘ではない。
だが、そのために何を犠牲にしようとしているのか。
私は、まだ答えを出せなかった。
「……少しだけ、待って」
私の声は、震えていた。
その瞬間、魔法陣の奥から、別の声が響いた。
『選択は、すでに開始されている』
石柱が砕ける。
青白い光が、空間全体を呑み込んだ。
そして、私たちの足元に、見たことのない魔法陣が浮かび上がった。




