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守りたかったもの

残された時間は、あと七日。


ヴィオレッタは、その数字を何度も手帳で確認していた。


『候補二、接続再開まで残り七日』


文字は消えることなく、ページの中央に刻まれている。


エミリアに何が起きるのか。


ノアの接続不安定とは何を意味するのか。


そして、灰色のローブの人物が言った「一人を守れば、もう一人を失う」という言葉。


考えれば考えるほど、頭の中が混乱していった。


「……私が先に止めればいい」


機構が二人を選別しようとしているのなら、その仕組みを破壊すればいい。


そのためには、二人を近づけないこと。


自分だけで調査すること。


そして、誰にも邪魔をさせないこと。


それが最善だと、ヴィオレッタは自分に言い聞かせた。


翌日、彼女はエミリアのもとを訪れた。


「ヴィオレッタ様!」


エミリアはいつものように笑顔で迎えてくれた。


その笑顔を見るたびに、ヴィオレッタの胸には安堵と恐怖が同時に広がる。


「今日は少しお願いがあるの」


「何でしょう?」


「しばらく、王都の古い建造物や遺跡には近づかないでほしいの」


エミリアは不思議そうに首を傾げた。


「何かあったんですか?」


「危険な魔術現象が起きているの。詳しいことはまだ話せないけれど、あなたには安全な場所にいてほしい」


「でも、ヴィオレッタ様は調査を続けるんですよね?」


「私は大丈夫よ」


「どうしてですか?」


思いがけない質問だった。


「あなたが危険だから、私が代わりに調べるの」


「それは違います」


エミリアの声は、普段より少し強かった。


「私だって、自分のことは自分で決めたいです。ヴィオレッタ様だけが危険な場所へ行くなんて、嫌です」


「エミリア……」


「私たちは一緒に調査してきた仲間ですよね?」


ヴィオレッタは返事ができなかった。


仲間。


その言葉が、胸の奥に深く刺さった。


目の前の少女は、自分が何度も失ってきたことを知らない。


それなのに、同じように自分を心配してくれる。


「お願い。今回は私の言うことを聞いて」


「……分かりました」


エミリアは悲しそうに微笑んだ。


その表情を見た瞬間、ヴィオレッタは自分が彼女を傷つけたことを理解した。


それでも、決意を変えることはできなかった。


残り三日。


王都北西部の旧倉庫で、再び青白い光が確認された。


ヴィオレッタは一人で現場へ向かった。


以前ノアと見つけた地下通路。その奥には、まだ調べていない扉があった。


石壁には、枝分かれした紋様が刻まれている。


その中央には、三つの円。


そして、そのうち二つが淡く光っていた。


「候補二と候補三……」


彼女が近づくと、床に青白い文字が浮かび上がった。


『候補二、再接続準備』


『候補三、接続不安定』


「やめなさい……」


ヴィオレッタは壁に手をついた。


「この二人には、何もさせない」


そのとき、背後から足音が聞こえた。


「やっぱり、ここにいたんですね」


振り返ると、ノアが立っていた。


「どうして来たの!」


「あなたの屋敷に届けられた調査記録を確認しました。北西部の旧倉庫について、誰にも相談せず調べていたでしょう」


「帰って!」


「嫌です」


「ノア、お願いだから!」


彼女の声が地下通路に響いた。


ノアは驚いたように目を見開いた。


「……そこまで私を遠ざけたい理由は何ですか?」


「あなたが死ぬからよ!」


言ってしまった。


ヴィオレッタは口元を押さえた。


ノアは黙って彼女を見つめている。


「あなたが……エミリアも……私の目の前で……」


声が震えた。


「もう、あんな光景を見たくないの」


ノアはすぐには答えなかった。


やがて、静かに彼女のそばへ歩み寄る。


「私は今、生きています」


「分かっているわ」


「エミリアも生きています」


「分かっている!」


「なら、今の私たちを見てください」


彼の言葉に、ヴィオレッタは顔を上げた。


そのときだった。


通路の奥で、青白い光が爆発した。


石壁に刻まれた三つの円が、一斉に輝き始める。


『候補二、接続開始』


『候補三、接続再開』


「そんな……!」


ヴィオレッタは駆け寄った。


床の紋様が広がり、通路全体を覆っていく。


ノアが彼女の腕をつかんだ。


「下がってください!」


「離して! 止めなければ!」


「近づけば危険です!」


その瞬間、背後から聞き覚えのある声が響いた。


「ヴィオレッタ様!」


エミリアだった。


彼女は階段を下り、二人のもとへ駆け寄ってきた。


「どうして来たの!」


「やっぱり、一人で行かせることなんてできません!」


「戻って! 今すぐ!」


「嫌です!」


エミリアの手の甲に、枝分かれした紋様が浮かび上がった。


青白い光が彼女の腕を包み込む。


「エミリア、手を見て!」


ノアが叫んだ。


彼女の足元に、巨大な魔法陣が現れた。


『候補二、接続完了』


『候補三、記録同期開始』


『選別処理を再開します』


「やめなさい!」


ヴィオレッタは魔法陣の中央へ飛び込んだ。


彼女の手帳が、胸元で激しく震えている。


ページがひとりでに開き、文字が次々と浮かび上がった。


『候補一、介入を確認』


『記録修正を実行』


「私の記憶を使えばいいでしょう!」


彼女は床に手をついた。


「二人には触れないで! 私を選びなさい!」


魔法陣の光が強くなった。


その瞬間、床の一部が崩れた。


ノアがエミリアを抱き寄せ、後方へ飛び退く。


しかし、ヴィオレッタだけは魔法陣の中央に取り残された。


「ヴィオレッタ!」


ノアが手を伸ばす。


彼女も手を伸ばした。


指先が触れる。


ほんのわずかに、彼の手をつかめた。


だが、次の瞬間。


青白い光が彼女の身体を貫いた。


「――っ!」


声が出なかった。


胸の奥から、何かが引き抜かれるような感覚。


視界が歪む。


頭の中に、知らない記憶が流れ込んできた。


何度も繰り返される死。


崩壊する王都。


見知らぬ人々の叫び。


そして、何度も自分の名前を呼ぶ声。


「ヴィオレッタ様!」


エミリアの声が遠くから聞こえた。


ノアが魔法陣へ踏み込もうとしている。


「来ないで……!」


彼女は叫んだ。


「二人とも、こっちへ来ないで!」


けれど、ノアは止まらなかった。


彼がヴィオレッタの手をつかむ。


その瞬間、魔法陣が激しく明滅した。


『候補一、記録過負荷』


『記憶の破損を確認』


『修正処理を継続』


「離せ! ノア!」


「嫌です!」


彼の手が震えていた。


ヴィオレッタは初めて、彼が恐怖を感じていることに気づいた。


それでも、彼は手を離さなかった。


「あなたを置いていけるわけがないでしょう!」


その言葉が、彼女の胸を締めつけた。


やめて。


もう誰にも、自分のために命を懸けてほしくない。


「お願い……」


ヴィオレッタの視界が赤く染まった。


身体の内側を、無数の針で刺されているようだった。


それでも、彼女はノアの手を握り返した。


「今度こそ……あなたを守りたかったのに……」


光が弾けた。


ノアの手が離れる。


彼の姿が遠ざかっていく。


最後に見えたのは、彼が何かを叫びながらこちらへ手を伸ばす姿だった。


そして、暗闇。


音も、光も、何もない。


ヴィオレッタは自分が倒れていることに気づいた。


身体が動かない。


息を吸おうとしても、胸がうまく動かなかった。


遠くから、誰かの声が聞こえる。


『候補一、記録破損』


『巻き戻し処理を開始します』


「……ノア……」


声にならない。


「エミリア……」


二人は生きているだろうか。


自分がいなくなった後も、無事でいてくれるだろうか。


確かめたかった。


けれど、もう目を開ける力さえ残っていなかった。


最後に、彼女の脳裏に浮かんだのは、二人の笑顔だった。


その笑顔が、青白い光に飲み込まれていく。


そして、ヴィオレッタの意識は途絶えた。


『候補一、死亡を確認』


『記録を巻き戻します』


『起点を再設定』


その直後、機構の奥で別の声が響いた。


『……また、失敗した』


『次の記録では、彼女を近づけてはならない』


世界が、再び静かに巻き戻っていった。


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