移管確認簿に残された印
『保管区画再編・移管確認簿』の閲覧許可が下りたのは、申請から二日後だった。
ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインは、通知書に記された閲覧可能な時間を確かめ、王立記録院へ向かった。
今回の帳簿は、以前の資料とは異なる保管区画に置かれていた。移管時の整理番号が分かっていても、実際の帳簿を確認するまでには、いくつもの手続きが必要になる。
もっとも、その手続きを省略できる立場にないことは、ヴィオレッタ自身も理解していた。
「今日は、ようやく空欄の理由に近づけるかもしれないわね」
閲覧室の前で、ノア・ヴァルケインが彼女の手元を見た。
「近づける可能性はある。理由が記されているとは限らないけれど」
「あなたは、もう少し期待というものを覚えたほうがいいわ」
「期待しているから、確認するんだろう」
「……そういう言い方をされると、反論しにくいわね」
二人は受付で許可証を提示し、取り寄せられた帳簿を受け取った。
表紙には、保管区画の再編に際して行われた移管確認の記録であることが記されている。
ヴィオレッタは、まず目次と凡例を確認した。
この帳簿には、移管対象となった資料の番号、移管前の保管場所、移管後の保管場所、そして確認作業の結果が記録されている。
対象の資料が実際に移されたかどうかだけでなく、移管後に番号の照合が行われたかどうかも調べられるはずだった。
「まずは、移管時の整理番号から探しましょう」
ノアが頷いた。
二人は該当する番号を探し、ページを順番に確認していった。
しばらくして、ヴィオレッタの指が止まった。
「見つけたわ」
対象の帳簿に関係する整理番号が、確かに記載されていた。
移管前の保管区画と、移管後の保管区画も記されている。
しかし、確認結果の欄には、短い記号が一つあるだけだった。
「この印は、何を意味しているのかしら」
ノアは帳簿の巻末を開いた。
凡例には、確認済み、再確認が必要、記録照合のみ実施、といった複数の記号が説明されていた。
ところが、対象の欄にある印は、そのどれとも一致しない。
「少なくとも、この帳簿の凡例では説明されていないな」
「後から加えられた印なのかもしれないわね」
「可能性はある。ただ、別の凡例が存在するかもしれない。まずは同じ印がほかの項目にあるか調べよう」
二人は前後のページを調べた。
同じ印は、対象の項目だけに使われているわけではなかった。
数十件の移管記録に、同じ形の印が残されている。
しかし、その記録のすべてが同じ結果を示しているとは限らなかった。
ある項目には、移管後の保管場所と新しい整理番号が記されている。
別の項目では、保管場所だけが変更され、整理番号は以前のままだった。
さらに別の項目には、番号の欄そのものが空白になっている。
「この印だけでは、処理の結果を判断できないわね」
ヴィオレッタは慎重に言った。
「そうだな。印を付けた目的が、資料の確認なのか、記録の照合なのか、それとも別の作業なのかを調べる必要がある」
ノアは、印が付された項目の日付を確認した。
すると、ある共通点が見つかった。
同じ印が付された記録の多くは、保管区画の再編が行われた直後に集中していた。
ただし、すべてが同じ日に処理されたわけではない。数週間後の日付を持つ項目もあれば、数か月後に追記されたものもある。
「再編に関連する何らかの作業を示す印かもしれないわね」
「そう考える理由はある。ただし、印の意味を確定するには、当時の作業手順を確認しないといけない」
ヴィオレッタは、その言葉を手帳に記録した。
さらに帳簿を読み進めると、対象の項目の近くに、別の参照番号が記されていることに気づいた。
その番号は、これまで調べてきた移管時の整理番号とは異なっていた。
欄外には、小さな文字でこう書かれている。
『照合票を参照』
「照合票……」
ヴィオレッタは、その言葉を繰り返した。
「この帳簿とは別に、照合結果をまとめた書類があったということかしら」
「可能性は高いな。少なくとも、この記録を書いた人物は、別の資料を参照するよう指示している」
ノアは参照番号を手帳に写した。
二人は帳簿の末尾を確認したが、照合票の保管先については説明がなかった。
そこで、同じ参照番号の形式がほかの項目にも使われているか調べることにした。
いくつかの記録を比較すると、照合票の番号は、移管対象の資料ごとに付与されているようだった。
つまり、帳簿の整理番号とは別に、確認作業を記録するための番号が存在していた可能性がある。
「この照合票が残っていれば、対象の帳簿について、どのような確認が行われたのか分かるかもしれないわ」
「ただし、照合票が示すのは確認作業の記録だ。原資料の所在を直接示すとは限らない」
「ええ。まずは何が記録されているのかを確かめる。それから次を考えるわ」
ヴィオレッタは、対象の項目をもう一度読み直した。
そこには、移管前と移管後の保管区画が記されている。
つまり、帳簿が移管対象として登録されていたことは確認できる。
しかし、移管後に実物が確認されたのか、記録だけが照合されたのかは、まだ分からない。
そして、凡例にない印の意味も不明だった。
彼女は、今日の調査結果を整理した。
第一に、対象の整理番号は移管確認簿に記載されている。
第二に、対象の項目には、一般的な凡例では説明されていない印が付されている。
第三に、その項目には、別の照合票を参照するための番号が記されている。
最後に、彼女は手帳の余白に、次の調査対象を書き留めた。
『移管時の照合票と、当時の作業手順』
「これで、次に探す資料が決まったわね」
ヴィオレッタが言うと、ノアは帳簿を閉じた。
「照合票の保管先が分かれば、あの印の意味も確認できるかもしれない」
「そして、対象の帳簿が実際に確認されたのかどうかも」
「そこは、記録を読んでから判断しよう」
「分かっているわ」
二人は資料を職員に返却し、閲覧室を後にした。
廊下を歩きながら、ヴィオレッタは窓の外に目を向けた。
今回の調査で、対象の帳簿が移管確認の対象に含まれていたことは分かった。
しかし、確認の結果を示すはずの印は、凡例に存在しない。
その印が、単なる事務上の区分なのか。
確認作業の途中で付けられたものなのか。
あるいは、別の記録と組み合わせて初めて意味を持つものなのか。
現時点では、どれも可能性にすぎなかった。
ヴィオレッタは手帳を開き、最後に一文を書き加えた。
『印が残っていることと、確認が完了したことは同じではない』
ペンを置いた彼女は、次の照会に必要な情報を確認した。
調査は、また一歩進んだ。
けれど、求めている答えにたどり着くには、まだ照合票の記録を確かめなければならなかった。




