保存管理部門への照会
保存管理部門から返答が届いたのは、申請を提出してから三日後のことだった。
ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインは、朝食の席で封筒を開き、同封された通知書に目を通した。
旧管理区画から移管された帳簿について、保管台帳との照合が可能になったという。
ただし、対象となる帳簿の閲覧が認められたわけではなかった。まずは移管時の整理番号を確認し、現在の保管状況を特定する必要があるらしい。
「……一歩進んだと思ったら、また確認事項が増えたわね」
ヴィオレッタは通知書を机に置いた。
朝食を運んできた侍女が、不思議そうに首を傾げる。
「何か問題がございましたか?」
「いいえ。問題があるかどうかを確かめるために、別の問題を確認しなければならないだけよ」
侍女は少し考えた後、困ったように微笑んだ。
「お仕事とは、大変なのですね」
「ええ。少なくとも、書類を一枚書けば終わる仕事ではないわ」
ヴィオレッタは紅茶を一口飲んだ。
もちろん、調査を途中で投げ出すつもりはなかった。
彼女は通知書を手帳に挟み、王立記録院へ向かう準備を整えた。
閲覧室では、ノア・ヴァルケインがすでに資料を広げていた。
「返答が来たのね」
「ええ。あなたのほうにも何か進展があった?」
「移管時の整理番号について、少し調べていた。旧管理区画から引き継がれた帳簿には、移管先の部署だけでなく、移管時に付与された番号が記録されているらしい」
「なら、その番号を特定できれば、現在の保管台帳と照合できるわね」
「そういうことだ」
ヴィオレッタは通知書を差し出し、二人で内容を確認した。
保存管理部門からの回答には、照会に必要な情報が列挙されていた。
旧管理区画の記号。
仮登録符号が使用された年度。
関連する整理作業記録の参照番号。
そして、移管された帳簿の名称。
これらの情報をもとに、移管時の整理番号を調べることができるという。
「必要な情報は、ほとんどそろっているわね」
「ただ、帳簿の名称が複数の資料に使われていた場合、特定できない可能性もある」
「そのときは、別の情報を加えるしかないわ」
二人は照会書を作成し、必要な情報を一つずつ記入した。
今回は、単に帳簿の所在を尋ねるのではなく、どの記録からその帳簿を追ってきたのかも明記した。
調査の根拠を示せば、保存管理部門も対象を特定しやすくなるはずだった。
書類を提出した後、二人は返答を待つ間に、これまでの資料を整理することにした。
ヴィオレッタは机の上に記録を年代順に並べた。
最初の記録には、旧分類番号に関する特別な許可の必要性が記されている。
次には、担当者の引き継ぎを示す不完全な記録。
その後に、旧管理区画の再編と、資料の分類・保存・閲覧許可の各業務が分割された記録が続く。
さらに、再点検報告書では対象の番号が未確認のまま残され、後年の改訂目録では仮登録符号が付与されていた。
最後に、その符号を手がかりとして、旧管理区画から保存管理部門へ移管された帳簿の存在が浮かび上がった。
「こうして並べると、同じ番号が何度も記録に登場していることが分かるわね」
「ただし、各記録が同じ資料そのものを指しているとは限らない」
ノアは、ヴィオレッタが並べた紙の一枚を手に取った。
「例えば、この記録が資料本体ではなく、資料の移動を記した帳簿を指している可能性もある。番号だけを追っていると、いつの間にか別のものを調べていることになりかねない」
ヴィオレッタは、手帳の余白に新たな項目を書き加えた。
『記録が示す対象を、各段階で確認すること』
「忘れないようにしておくわ」
「君の手帳には、同じような注意書きが増えていくな」
「調査が進むほど、注意すべきことも増えるのよ」
「いずれ手帳の大半が注意書きになるんじゃないか?」
「その場合は、あなたの発言も記録しておくわ。後世の研究者が、どれほど役に立たない助言を受けたか分かるように」
「それはぜひ、正確に記録してくれ」
ヴィオレッタは小さく笑い、資料の整理を続けた。
昼過ぎになっても、保存管理部門からの返答は届かなかった。
二人は無理に別の推測を重ねることをせず、今回の照会に必要な情報を改めて確認した。
そして、閲覧時間の終了が近づいた頃、受付の職員が一通の連絡票を持ってきた。
保存管理部門からの回答だった。
ヴィオレッタはすぐに連絡票を開いた。
対象となる帳簿は、移管時の整理記録に記載されていた。
しかし、その名称は、これまで確認してきた帳簿名と完全には一致していなかった。
正式名称の末尾に、短い補記が付いている。
『仮保管関係・補助記録』
その下には、移管時に付与された整理番号が記されていた。
「見つかったのね」
ヴィオレッタは思わず声を上げた。
ノアも連絡票をのぞき込む。
「少なくとも、移管記録上では存在が確認できた」
「そして、整理番号も分かったわ」
「そうだな。これで現在の保管台帳を調べられる」
ヴィオレッタは、連絡票に記された番号を手帳に書き写した。
ただし、回答にはもう一つ重要な記載があった。
帳簿は保存管理部門へ移管された後、別の保管区画にまとめられた可能性があるという。
その区画では、移管時の整理番号がそのまま使用されているとは限らない。現在の保管場所を確定するには、さらに保管台帳との照合が必要だった。
「やはり、ここで終わりではないのね」
「少なくとも、帳簿の名前と移管時の番号は確認できた。以前よりは進んでいる」
「ええ。今回は、次に調べるべき対象が具体的になったわ」
ヴィオレッタは連絡票を丁寧にしまった。
これまでの調査では、古い番号や曖昧な注記を見つけても、それが何を示すのか判断できないことが多かった。
しかし今回は違う。
仮保管に関係する補助記録という帳簿の名称が分かり、移管時の整理番号も確認できた。
まだ帳簿の内容は読めていない。
それでも、単なる推測ではなく、実際の保管記録をたどるための手がかりが得られたのだ。
閲覧室を出る直前、ヴィオレッタは連絡票をもう一度確認した。
その端には、保存管理部門の担当者による追記があった。
『同一名称の帳簿が複数存在するため、番号による照合を推奨する』
彼女はその一文を手帳に写した。
そして、忘れないように、その下にもう一行書き加えた。
『見つかったものが、探していたものと同じだとは限らない』
ヴィオレッタは手帳を閉じた。
次に調べるのは、現在の保管台帳。
その先に、対象の帳簿が待っているのか。
あるいは、別の記録へとつながるのか。
今度は、名前だけでなく、番号と移管の履歴を照らし合わせて確かめる必要があった。




