仮登録符号の示す場所
王立記録院の朝は、いつも静かだった。
廊下を行き交う職員の足音と、書類をめくる乾いた音。高い窓から差し込む光が、長い書架の隙間に積もった埃を照らしている。
ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインは、閲覧室の机に申請許可証を置いた。
前回の調査で見つかった仮登録符号。その一覧と、当時の整理作業記録を閲覧するための許可だった。
「ようやく、符号の意味を確かめられるわね」
向かいに座ったノア・ヴァルケインは、許可証に目を落とした。
「正確には、符号の使い方を確かめられる、だな。意味まで分かるかは別問題だ」
「朝から希望を打ち砕くのが上手ね」
「期待を調整しているだけだ」
「それを希望のない説明と言うのよ」
ノアは反論せず、運ばれてきた資料を受け取った。
今回閲覧を認められたのは、仮登録符号の一覧表と、旧分類資料の整理作業記録の一部だった。
ヴィオレッタはまず、一覧表の凡例を確認した。
そこには、仮登録符号が正式な分類番号を確定するまでの間、整理対象を区別するために使用されていたと記されている。
符号は、整理作業の年度と管理区画を示す記号、そして個別の連番から構成されていた。
ただし、符号だけで資料の種類や内容が分かるわけではない。
「やはり、仮登録符号そのものは資料の所在を示すものではないのね」
ヴィオレッタが言うと、ノアは一覧表の下部を指した。
「ただし、管理区画の記号は手がかりになる。どの部署が整理を担当したのか、少なくとも候補を絞れるはずだ」
二人は、対象の番号に付されていた符号を確認した。
記号は、旧管理区画の再編後に使用されていたものだった。
つまり、対象の番号は、古い分類体系が廃止された時点で完全に調査を終えたわけではなく、後年の整理作業でも何らかの形で扱われていたことになる。
「この管理区画の記録を調べましょう」
「その前に、整理作業記録と照合したほうがいい。符号が付された時期と、担当部署が一致するとは限らない」
ノアの提案に、ヴィオレッタは頷いた。
二人は整理作業記録を開き、符号の構成と照らし合わせながら、該当する年度の項目を探した。
最初に見つかったのは、対象と同じ管理区画の記号を持つ別の資料だった。
その記録には、仮登録された日付と、作業を担当した部署が記載されている。
さらに、処理状況の欄には『仮保管場所へ移送』とあった。
「仮保管場所……」
ヴィオレッタは、その言葉を手帳に写した。
「正式な分類が決まるまで、一時的に別の場所へ置かれていた可能性があるわね」
「そう考えるのが自然だ。ただし、今の記録は別の資料についてのものだ。対象にも同じ処理が行われたとは、まだ言えない」
「ええ。まずは、この記録にある仮保管場所の管理方法を調べましょう」
ノアはページをめくり、関連する記録を探した。
すると、数ページ先に、仮保管場所へ移送された資料を管理するための帳簿について、短い参照記録が見つかった。
帳簿の名称は記されていたが、保管先の欄には現在の部署名がなく、旧管理区画の記号だけが残されていた。
「この帳簿が残っていれば、移送後の処理を確認できるかもしれない」
「でも、旧管理区画の記号しかないわ。今の保管先が分からない」
「だから、記録院の保管台帳と照合するんだ」
二人は職員に相談し、旧管理区画の記号と現在の部署名を対応させるための資料を申請した。
しばらく待った後、職員が薄い台帳を運んできた。
その台帳には、組織改編にともなう保管記録の移管先が記載されていた。
旧管理区画の記号をたどると、仮保管場所に関する帳簿は、改編後に保存管理部門へ移管されたことが分かった。
ヴィオレッタは思わず顔を上げた。
「少なくとも、次に調べる部署は分かったわね」
「そうだな。ようやく、記録の名前だけを追いかける段階から進めそうだ」
「ずいぶん長かったわ」
「まだ一冊も見つけていないけれどな」
「分かっているわよ。今くらい、少し達成感を味わわせてくれてもいいでしょう?」
「それなら、僕も一緒に味わっておこう」
ノアの表情は相変わらず淡々としていたが、声にはわずかな笑いが混じっていた。
ヴィオレッタも小さく息をつき、台帳の情報を手帳にまとめた。
しかし、閲覧申請を出そうとしたところで、新たな問題が判明した。
保存管理部門へ移管された帳簿は、すべてが現在の目録に登録されているわけではなかった。旧管理区画から引き継いだ資料の一部は、移管時の整理番号を使って管理されているという。
対象の帳簿が現在の分類番号を持っているかどうかは、別途確認する必要があった。
「また照会ね」
ヴィオレッタは申請書を見下ろした。
「今度は保存管理部門への照会だ」
「あなた、最初からそのつもりだったのではなくて?」
「まさか。僕は一度くらい、すべての手続きが一枚の書類で終わる日が来ると信じている」
「記録院に勤めるには、少し夢見がちなのではなくて?」
「君にだけは言われたくないな」
ヴィオレッタは笑いをこらえながら、必要事項を書き込んだ。
申請書には、対象の仮登録符号、関連する整理作業記録、そして移管先を示す台帳の情報を記載した。
今回は、単に古い帳簿を探してほしいと頼むのではない。
なぜその帳簿が必要なのか、どの記録から参照先を特定したのかを、確認できた事実に基づいて説明できる。
申請を提出した後、二人は閲覧室を出た。
廊下の窓から、王都の街並みが見える。
ヴィオレッタは手帳を開き、今日判明したことを整理した。
対象の旧分類番号には、後年の仮登録符号が付されていた。
同じ符号体系を使用した整理作業では、資料を一時的な保管場所へ移送した例が存在する。
そして、仮保管場所に関する帳簿は、組織改編後に保存管理部門へ移管された記録が残っていた。
ただし、対象の資料自体が仮保管場所へ移されたのか、その帳簿が現在も残っているのかは、まだ確認できていない。
ヴィオレッタは最後に、その二点を手帳の末尾へ書き加えた。
「もし帳簿が見つかったら、次は何が分かると思う?」
ノアが尋ねた。
「対象の資料が仮保管場所へ移されたのか、それとも別の処理をされたのか。その手がかりが得られるはずよ」
「そして、移送された記録があったとしても、その後にどこへ移ったかは別に調べる必要がある」
「ええ。だから、まだ結論は出さない」
ヴィオレッタは手帳を閉じた。
これまでの調査で、彼女たちは何度も記録の空白に行き当たった。
だが今回は、その空白の先に、具体的な管理部門が見えている。
失われたものがあるのか。
ただ分類が変わっただけなのか。
あるいは、資料そのものではなく、その資料を管理していた記録だけが残っているのか。
答えはまだ分からない。
それでも、次に確かめるべき場所は、確実に絞られていた。




