分類表に残された空白
王立記録院の朝は、いつも静かだった。
高い窓から差し込む光が、長い閲覧机と積み重ねられた帳簿を照らしている。紙をめくる音と、遠くで職員が書類を運ぶ足音だけが、広い建物の中に響いていた。
ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインは、机の上に三冊の帳簿を並べた。
旧管理区画の目録管理記録。
関係部署への照会記録。
そして、照会記録の保管方法が変更されたことを示す管理規則。
前回の調査で見つかった記録の欠落を説明するには、この三つを照らし合わせる必要があった。
「今日こそ、番号の行方が分かるといいわね」
向かいに座るノア・ヴァルケインが、分類表を広げた。
「期待するのは自由だが、帳簿が期待に応えてくれるとは限らない」
「分かっているわ。だから、期待するだけにしているのよ」
「それはずいぶん慎ましい期待だな」
「あなたも見習ってみたら?」
「僕は、まず目の前の帳簿を信じることにする」
「それは危険ね。帳簿だって間違えるもの」
「……調査を始める前から、頼もしい助言をありがとう」
ヴィオレッタは微笑み、分類表に目を落とした。
今回の目的は、旧参照番号が変更後の帳簿に引き継がれたかどうかを確認することだった。
旧管理区画の資料は、再編の際に複数の部署へ分割されている。さらに、照会記録の保管方法も変更されていた。
もし旧番号が新しい体系へ置き換えられているなら、その対応関係がどこかに記録されているはずだった。
二人はまず、分類表の改訂履歴を調べた。
古い番号の一部には、新しい番号が記されている。別の番号には、移管先の部署名が添えられていた。
しかし、ヴィオレッタが探していた番号は、どちらにも見当たらなかった。
「ここにもないわね」
「別の分類表にまとめられた可能性は?」
「あると思う。けれど、どの分類表を確認すればいいのか分からないと、同じところを回ることになるわ」
ノアは分類表の末尾をめくった。
「改訂時の注記を確認しよう。どの資料を統合したのか、説明があるかもしれない」
二人はページを戻し、細かな注記を一つずつ確認した。
その中に、分類体系の変更に伴って旧参照番号の一部を廃止したという記述があった。
ただし、廃止された番号の一覧は別紙にまとめられているらしい。
「別紙……」
ヴィオレッタは、思わず小さく息をついた。
「どうした?」
「いえ。記録を調べるために、記録がどこにあるのかを調べなければならないのね」
「それが記録院の仕事だろう」
「そうだけれど、もう少し親切な仕組みがあってもいいと思うわ」
「君が新しい分類体系を設計すればいい」
「その前に、現在の分類体系を理解しなければならないでしょう?」
「では、当分は無理そうだな」
「あなた、ずいぶん失礼ね」
二人は別紙の所在を確認するため、資料管理窓口へ向かった。
担当の職員は二人の申請内容を確認し、古い分類表の保管場所を調べた。
「該当する別紙は、改訂資料の付属文書として登録されているはずです。ただし、現在の目録では独立した資料番号が付けられている可能性があります」
「その番号を確認していただけますか?」
「承知しました。少々お待ちください」
職員が奥へ下がると、ヴィオレッタは窓口の脇に置かれた案内書を眺めた。
そこには、古い資料を申請する際の手順が説明されている。
通常の目録で見つからない場合は、旧分類番号、関連する改訂記録、保管部署のいずれかを手がかりに照会すること。
つまり、現在の制度でも、古い分類体系を参照しながら資料を探す仕組み自体は用意されているのだ。
これまでの遅延も、必ずしも異常なものではない。
やがて職員が戻ってきた。
「該当する付属文書が見つかりました。こちらの申請で閲覧可能です」
二人は礼を述べ、案内された閲覧机へ移動した。
運ばれてきたのは、薄い綴じ冊子だった。
表紙には、分類体系改訂時の付属資料であることが記されている。
ヴィオレッタは慎重にページを開いた。
最初の数ページには、旧番号と新番号の対応関係が一覧になっていた。廃止された番号についても、いくつかは別の番号へ統合されたことが確認できる。
しかし、冊子の途中から記録の形式が変わっていた。
番号の横に、統合先ではなく、短い注記だけが記されている。
『現行体系への対応を確認できず』
ヴィオレッタはその記述を見つめた。
「ノア。これまで調べていた番号と同じ形式よ」
ノアは該当箇所を確認した。
「確かに。だが、同じ形式だからといって、同じ理由で対応先が分からなくなったとは限らない」
「ええ。注記の意味を確認する必要があるわね」
二人は冊子の前後を調べた。
記号の説明は一部に残されていたが、すべての注記について詳しい定義があるわけではなかった。
それでも、最後のページに、改訂作業の担当者が残した短い説明が見つかった。
『対応先を確認できない旧番号については、関連資料との照合を継続する』
「ここでは、未確認の番号を廃止したとは書いていないのね」
「そうだな。対応先が不明なものとして、調査を続ける扱いだった可能性がある」
「可能性、ね」
ヴィオレッタは念を押すように言った。
「ええ、可能性だ。今のところ、それ以上ではない」
二人は記録を写し、冊子の名称とページ番号を手帳に記した。
今回の発見によって、旧参照番号の一部が、改訂時点でも現行体系との対応を確認できていなかったことが分かった。
しかし、それらの番号が後年に整理されたのか、別の帳簿へ移されたのかまでは確認できない。
ヴィオレッタは、調査の結果を整理した。
これまで見つからなかった番号は、分類体系の改訂時にも対応先が確認されていなかった。
その事実は、現在の目録で番号を追跡できない理由の一つになり得る。
一方、該当資料が失われたことや、誰かが意図的に記録を除外したことを示す証拠はない。
「次は、この付属文書が作られた後の記録を調べましょう」
ヴィオレッタが言った。
「後年の分類表や、整理作業の報告書だな」
「そう。どこかの段階で、対応先が確認された可能性もあるもの」
「もし確認されていなかったら?」
「そのときは、確認されていないという事実を記録するだけよ」
ノアは感心したように彼女を見た。
「ずいぶん落ち着いているな」
「証拠がないのに結論を急いでも、帳簿が増えるだけでしょう?」
「それは確かに困る」
「あなたも少しは学んできたようね」
「君の影響だと言われるのは、少し複雑だな」
ヴィオレッタは笑いながら、最後の申請書を整えた。
その日の調査を終え、屋敷へ戻った彼女は、机の上に手帳を広げた。
そして、新たに確認できた事実を書き加えた。
『分類体系の改訂時点で、現行番号への対応が確認されていない旧番号が存在した。その後の処理については未確認』
最後に、彼女はペンを止めた。
空白は、少しずつ形を持ち始めている。
だが、その形が何を意味するのかは、まだ分からない。
ヴィオレッタは手帳を閉じた。
次に調べるべきは、改訂後の整理記録。
そこに何が残されているのかを確認するまでは、何も決めるべきではなかった。




