引き継がれなかった記録
翌朝、ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインは、王立記録院の旧管理区画に関する資料を調べるため、いつもより早く屋敷を出た。
前日に確認した案内板には、旧管理区画が記録制度の改編に伴って再編されたと記されていた。
ならば、その改編を決定した記録が残っている可能性は高い。
もちろん、必ず見つかるとは限らない。制度の変更が複数の命令や通達に分かれていた可能性もある。
それでも、探すべき場所は少しずつ明確になっていた。
閲覧室に到着すると、ノア・ヴァルケインが数冊の帳簿を机に並べていた。
「今日はずいぶん早いのね」
「昨日、帰ってから考えた。旧管理区画の再編を調べるなら、職員名簿だけでは足りない」
「行政上の通達や、保管場所の変更記録も必要ということ?」
「そうだ。誰が担当していたかだけでなく、何が変更され、どこへ引き継がれたのかを確認する必要がある」
ヴィオレッタは頷き、彼の隣に腰を下ろした。
「珍しく意見が完全に一致したわね」
「珍しく、は余計だろう」
「そうかしら。記録に残しておこうかと思ったのだけれど」
「それはやめてくれ。後世の研究者に誤解される」
「あなたが私に協力的だったことが?」
「僕がいつも協力的でないと思われることが、だ」
ヴィオレッタは小さく笑い、帳簿を開いた。
二人はまず、記録制度の改編が行われた時期を絞り込むことにした。
古い行政通達を確認すると、ある年代に複数の管理部門が統合され、資料の分類方法と保管責任が変更されたことが分かった。
ただし、改編の理由は簡潔にしか記されていない。
『管理手続きの整理および保管業務の効率化のため』
その一文だけだった。
「効率化、ね」
ヴィオレッタは通達を見つめた。
「何か気になるのか?」
「いいえ。ただ、こういう理由は便利だと思っただけよ。大抵の変更は、その一言で説明できてしまうもの」
「実際に効率化が目的だった可能性もある」
「もちろん。だからこそ、理由を疑う前に、変更の内容を確認する必要があるわ」
二人は通達の付属資料を探した。
改編後の部署一覧、担当者の配置、移管された資料の分類番号。
いくつかの資料は見つかったものの、旧管理区画の引き継ぎについては、具体的な一覧が見当たらなかった。
代わりに、改編当時の管理責任者が提出した報告書が残されていた。
ヴィオレッタは慎重にページをめくった。
報告書には、複数の部署から資料を受け取り、新しい保管体系へ移行したことが記されている。
しかし、最後の部分には、気になる記述があった。
『一部の資料については、旧分類の確認が完了していないため、後日整理するものとする』
「これだわ」
彼女は該当箇所を指した。
ノアも文章を読み、しばらく考え込んだ。
「旧分類の確認が終わっていない資料があった。これは確かだな」
「ええ。そして、私たちが調べている資料も、その中に含まれていた可能性がある」
「ただし、具体的な一覧がない以上、同じ資料だとは断定できない」
「分かっているわ」
ヴィオレッタは手帳を取り出し、報告書の名称と該当ページを記録した。
今回確認できたのは、旧管理区画の再編時に、一部の資料が未整理のまま残されていたという事実だった。
それは、これまで見つからなかった記録の一部を説明する手がかりになり得る。
しかし、未整理の資料がその後どう扱われたのかは分からない。
二人は次に、報告書の作成者と、その後の管理責任者を調べることにした。
職員名簿を確認すると、報告書の作成者は改編の翌年に別の部署へ異動していた。
後任者の名前も記録されている。
だが、旧分類の確認作業が完了したことを示す報告書は見つからなかった。
「確認作業が中断されたのか、それとも別の形式で報告されたのか……」
ノアが呟く。
「まだ分からないわね。少なくとも、私たちが調べた範囲では、完了を確認できないということよ」
ヴィオレッタは関連する帳簿の番号を整理した。
そのとき、ノアが別のページを開いた。
「待ってくれ。この記録を見てほしい」
そこには、改編後の数年にわたり、旧分類の資料を確認したという記載が残されていた。
つまり、旧分類の整理作業そのものは、改編の直後に完全に停止したわけではないらしい。
ただし、記載は年ごとに短く、具体的にどの資料を確認したのかまでは分からなかった。
「これなら、作業が続いていた可能性は高いわね」
「だが、どの資料が整理されたのかは不明だ。未整理のまま残った資料があったとしても、それが現在まで残っているとは限らない」
「ええ。別の場所へ移されたかもしれないし、後の分類で別の番号が付けられた可能性もある」
二人は、確認できた事実と不明な点を分けて記録した。
調査を終える頃には、窓の外の光が傾き始めていた。
閲覧室を出る前、ヴィオレッタはもう一度、改編当時の報告書に目を通した。
未整理の資料。
その後も続いた確認作業。
そして、具体的な整理結果を示す記録の不足。
これらは、資料の所在を追うための手がかりにはなる。
しかし、誰かが意図的に資料を隠したことを示す証拠ではない。
「次は、確認作業を担当した部署の記録を調べましょう」
ヴィオレッタが言うと、ノアは頷いた。
「担当部署が分かれば、どの分類表を使っていたのかも確認できるかもしれない」
「そうすれば、現在の分類番号が見つからない理由も、もう少し明確になるはずね」
二人は翌日の申請に必要な情報をまとめ、記録院を後にした。
帰宅したヴィオレッタは、いつものように手帳を開いた。
今回の調査で確認できたことを簡潔に書き記す。
旧管理区画は、記録制度の改編に伴って再編された。
その際、一部の資料は旧分類の確認が終わらないまま残された。
改編後も整理作業は続いていたが、個々の資料の処理結果は、現在確認できる記録だけでは追跡できない。
ヴィオレッタは最後に、こう書いた。
『記録の欠落には、手続き上の理由があるかもしれない。理由を確かめるまでは、空白そのものを答えにしてはいけない』
ペンを置いた彼女は、しばらくその文章を見つめた。
空白を見つけるたびに、その向こうに何かがあると考えてしまう。
けれど、空白は単に、まだ確認できていないという意味なのかもしれない。
それでも、調べることをやめる理由にはならなかった。
ヴィオレッタは手帳を閉じ、翌日に調べるべき部署の名前を、別の紙に書き留めた。
今度こそ、資料がどこへ引き継がれたのかを確かめるために。




