旧管理区画の記録
翌朝、ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインは、王立記録院から届いた追加通知を読み終えた。
前日に提出した照会に対する返答だった。
旧管理区画に関する資料の一部が確認されたものの、現在の分類体系では別の保管番号に移されている可能性があるという。
閲覧には、改めて資料の所在を確認する必要があるらしい。
「……また確認なのね」
ヴィオレッタは手紙を机に置いた。
これで三度目だった。
もっとも、彼女はすぐに疑いを抱くことをやめた。古い資料が複数回の分類変更を経ているなら、所在の確認に時間がかかるのは不自然ではない。
問題は、どの段階で記録が途切れているのかを把握することだった。
彼女は手帳に今回の返答を書き加え、王立記録院へ向かう準備を整えた。
記録院の閲覧室に着くと、ノア・ヴァルケインが窓際の席で待っていた。
「返事は来た?」
「ええ。旧管理区画の資料は確認されたけれど、現在の保管番号が分からないそうよ」
「僕のほうでも、関連する分類表を調べてみた。旧管理区画という名称が使われていた時期は、現在の記録制度が確立する前らしい」
「つまり、今の規則をそのまま当てはめることはできないのね」
「そういうことだ。古い資料を現在の分類だけで探そうとすると、見つからないものが出てくる」
ノアは一枚の紙を差し出した。
そこには、過去の分類番号と現在の番号を対応させた一覧が記されていた。いくつかの番号には、対応先が空欄になっている。
ヴィオレッタはその中から、昨日見つけた参照メモの番号を探した。
該当する番号は、一覧の末尾にあった。
しかし、現在の保管番号は記されていない。
「やはり、ここも空欄ね」
「ただ、空欄の理由は一つではない。資料が失われた場合もあれば、分類変更の記録が残っていない場合もある」
「あるいは、別の部署に移された可能性もあるわ」
「そのとおり」
二人は一覧を持って、資料管理を担当する窓口へ向かった。
受付の職員は分類番号を確認すると、少し考え込んだ。
「旧管理区画の資料ですね。こちらは現在、通常の閲覧申請とは別の手順で照会することになっております」
「別の手順、ですか?」
「はい。旧分類と現行分類の対応が確認できない資料については、関連する移管記録を先に確認する必要があります」
「その移管記録は閲覧できますか?」
「記録によっては可能です。ただし、今回の番号については、まず保管状況を確認させてください」
職員は申請書を受け取り、照会番号を記入した。
ヴィオレッタはその手続きを見守りながら、気になった点を一つ尋ねた。
「このような照会は、現在も頻繁に行われているのでしょうか」
「古い資料については、時折ございます。特に、分類体系の変更をまたぐ資料では珍しくありません」
「過去に同じ番号で照会された記録はありますか?」
「その点も確認いたします。ただ、照会記録自体が別の帳簿に保存されている場合もありますので、少々お時間をいただくことになります」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
職員が奥へ下がると、ノアは小さく息をついた。
「少なくとも、手続きそのものは説明できそうだな」
「ええ。現時点では、規則に従っているように見えるわ」
「問題は、資料の所在と、過去の照会記録が確認できるかどうかだ」
「それに、仮に見つからなかったとしても、それだけで意図的に隠されたとは言えない」
「君は本当に、その一言を何度でも繰り返すんだな」
「何度でも必要よ。私たちが調べているのは、物語ではなく記録なのだから」
ノアは少しだけ笑った。
「物語なら、もっと早く謎が解けるのに」
「その代わり、都合の悪い証拠が突然消えたりするのでしょう?」
「……否定はしない」
「私は遠慮しておくわ」
二人は閲覧室に戻り、今までに確認した資料を整理した。
旧管理区画の名称が使われていた時期。
分類体系が変更された時期。
現在の分類番号が確認できない資料。
そして、保管場所の照会が必要になった経緯。
それぞれを時系列に並べてみると、一つの可能性が浮かび上がった。
当時の管理区画は、現在とは異なる方法で資料を分類していたのではないか。
もしそうなら、現在の目録に直接対応する番号が見つからないことにも説明がつく。
しかし、その仮説を確かめるには、旧管理区画の実際の運用記録が必要だった。
ヴィオレッタは時系列表の横に、短く書き添えた。
『分類体系の違いによる不一致の可能性。旧運用記録による確認が必要』
午後になっても、資料の所在に関する回答は届かなかった。
二人はその日の調査を切り上げることにした。
記録院の出口へ向かう途中、ヴィオレッタは廊下の壁に掲げられた古い案内板に目を留めた。
現在の部署名とは異なる名称が、薄く刻まれている。
その下には、後年に追加された説明文があった。
『旧管理区画は、記録制度の改編に伴い再編された』
それだけだった。
いつ、どのような理由で再編されたのか。どの部署が何を引き継いだのか。詳しい説明はない。
ヴィオレッタは案内板をしばらく見つめたあと、手帳を取り出した。
だが、すぐに書くことはしなかった。
この案内板は、旧管理区画が実在し、その後に再編されたことを示している。
それ以上の意味を持たせるには、まだ情報が足りない。
「何か見つけたのか?」
ノアが尋ねた。
「旧管理区画が再編されたことを示す案内板よ。ただ、詳しい時期も理由も書かれていないわ」
「なら、再編に関する行政記録を探す必要があるな」
「そうね。資料がどこへ移されたのかを知るためにも、まずは管理体制がどう変わったのか確認しましょう」
ノアは頷いた。
二人は案内板の記載を控え、翌日の調査項目に加えた。
その夜、ヴィオレッタは自室で一日の記録を見直した。
旧管理区画は存在した。
分類体系は変更されていた。
現在の分類では所在を特定できない資料があり、その確認には別の手続きが必要だった。
どれも、確かめられた事実である。
しかし、資料が意図的に隠されたという証拠はない。
ヴィオレッタは最後に一文を記した。
『所在が分からないことと、所在を知られたくない者がいることは、別の問題である』
ペンを置いた彼女は、しばらくその文章を見つめていた。
なぜだろう。
この言葉には、以前にもどこかで触れたような感覚があった。
けれど、思い出そうとすると、記憶は霧の向こうへ遠ざかってしまう。
ヴィオレッタは目を閉じ、深く息を吐いた。
思い出せないことを、無理に思い出そうとしてはいけない。
それもまた、彼女が自分自身に課した規則の一つだった。
手帳を閉じ、灯りを消す。
明日になれば、旧管理区画の再編に関する記録を調べられるかもしれない。
今は、それだけで十分だった。




