古い名簿の行方
王立記録院を訪れてから二日後、ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインのもとに、一通の返答が届いた。
先日申請した、過去の記録管理監督官に関する名簿の閲覧についてだった。
封筒には王立記録院の印章が押されている。ヴィオレッタは封蝋を確かめてから、慎重に封を切った。
『申請された資料につきましては、現在の分類体系において保管場所の確認が必要となっております。確認が完了次第、改めてご連絡いたします』
文面は丁寧で、特別に不自然なところはない。
しかし、ヴィオレッタは読み終えた手紙を机の上に置き、しばらく考え込んだ。
「保管場所の確認、ね……」
以前にも、文書が別の保管場所へ移されたと記録されているのに、実際の所在が確認できないという問題があった。
もちろん、今回も同じ原因とは限らない。
古い資料の整理には時間がかかる。分類体系が変更されれば、記録上の位置と実際の保管場所が一致しなくなることもある。
問題は、それがどの程度の頻度で起きているかだった。
ヴィオレッタは手帳を開き、今回の返答を記録した。
『閲覧申請に対し、保管場所の確認が必要との回答。現時点では、遅延の理由を判断できない』
書き終えたところで、彼女は別の紙を取り出した。
過去に調べた資料の中に、同じような回答が残っていなかっただろうか。
記憶をたどりかけて、すぐに手を止める。
思い出した内容だけを頼りにするのは危険だ。
彼女は以前の調査記録を一冊ずつ確認し始めた。
やがて、ある記載が目に留まった。
数年前、別の研究者が古い建築記録の閲覧を申請した際にも、保管場所の確認を理由に手続きが延期されていたのである。
ただし、その申請が最終的にどうなったのかは記されていなかった。
ヴィオレッタは二つの記録を並べた。
同じ言い回しが使われている。
それだけでは、何か特別な関係があるとは言えない。定型文である可能性も十分にある。
それでも、調べる価値はあった。
翌日、彼女は再び王立記録院へ向かった。
閲覧室では、ノア・ヴァルケインがすでに待っていた。
「返答が来たわ」
「僕のところにも来た。名簿の保管場所を確認しているそうだ」
「あなたも同じ申請を?」
「いや。別の資料について問い合わせたんだ。古い文書の移動記録と、その受け入れ記録が一致しない件についてね」
ノアは二通の書類を机に並べた。
「どうやら、僕たちは同じ問題の周辺を調べているらしい」
「同じ問題とは限らないわ。似た手続きが使われているだけかもしれない」
「そう言うと思った」
「私の慎重さを評価してくれているのね」
「いや、予想しやすいという意味だ」
「それは評価ではなく、観察結果でしょう?」
「記録院にふさわしい表現だな」
ヴィオレッタは小さく息をつき、二人で調べられる資料を机に広げた。
まず確認したのは、閲覧申請が延期された事例だった。
残されている記録を比較すると、延期の理由は必ずしも同じではなかった。資料の劣化、分類番号の変更、保管場所の再確認。いずれも通常の業務で起こり得るものだった。
しかし、古い記録の一部では、延期された後の処理結果が記されていない。
「記録がないからといって、手続きが行われなかったとは限らない」
ノアが言った。
「ええ。別の帳簿に記録された可能性もあるし、後年の整理で省略されたのかもしれない」
「なら、次に調べるべきなのは、当時の申請記録と処理記録がどのように分けられていたかだ」
ヴィオレッタは頷いた。
二人は古い事務規則を調べ始めた。
その中に、記録の管理方法が変更された時期を示す記載があった。ある年代を境に、資料の閲覧申請と実際の受け渡しが別々の帳簿に記録されるようになったらしい。
この変更によって、現在の目録だけでは過去の手続きの全体像を再構成できない場合がある。
「これなら、いくつかの食い違いは説明できるわね」
「ただし、すべてではない」
ノアが続けた。
「古い分類番号から現在の番号への対応表が不完全なんだ。変更前の資料が、どの番号に移されたのか確認できない事例が残っている」
ヴィオレッタは対応表を見つめた。
空欄になっている箇所は少なくない。
その中の一つに、以前調べた文書の分類番号が含まれていた。
彼女はその番号に印をつけた。
「まずは、この一件を追いましょう。広く調べすぎると、何を確認したかったのか分からなくなりそうだもの」
「賛成だ。僕も、記録院の全歴史を一日で解き明かすつもりはない」
「ずいぶん控えめなのね」
「君と一緒にいると、そうならざるを得ないらしい」
「それは私の責任ではないわ」
「まだ断定するには証拠が足りないな」
二人は必要な申請書を準備し、職員に提出した。
今回の調査で分かったのは、古い資料の管理方法が過去に変更され、現在の記録だけでは追跡できない場合があるということだった。
それは重要な発見ではあるが、誰かが意図的に資料を隠した証拠ではない。
ヴィオレッタは帰宅後、机に向かって手帳を開いた。
新たに確認できた事実と、依然として不明な点を書き分ける。
最後に、彼女は一文を添えた。
『記録が途切れていることと、記録を途切れさせた者がいることは、同じではない』
書き終えた瞬間、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
どこかで、似た考えを抱いたことがある。
けれど、いつだったのかは思い出せなかった。
ヴィオレッタは手帳を閉じた。
今は、その感覚まで記録に加える必要はない。
少なくとも、何を思い出したのか分からないうちは。
窓の外では、夕暮れが王都の街並みを静かに染めていた。
王立記録院のどこかに、まだ確認されていない記録が残っているのかもしれない。
あるいは、すでに失われているのかもしれない。
そのどちらなのかを知るためにも、彼女は一つずつ、確かな事実を積み重ねていくことにした。




