SS「プリン」
土曜日。
午前十一時十二分。
朔は起きた。
正確には。
起こされた。
「朔」
「……」
「朔」
「……何」
「お腹が空いた」
目を開ける。
天井。
見慣れた。
自分の部屋。
襖。
開いている。
そこから真白が覗いていた。
「何時」
「十一時十二分」
「早い」
「昼」
「まだ午前」
「もう昼」
「十一時は午前」
「お腹は昼」
朔は布団へ顔を戻した。
「冷蔵庫」
「見た」
「何かある」
「ない」
「あるよ」
「卵」
「ある」
「醤油」
「ある」
「水」
「ある」
「食事ではない」
「卵は食事」
「生?」
「焼けば」
「誰が」
朔は黙った。
真白も黙った。
「……俺?」
「たぶん」
「寝たい」
「お腹空いた」
「強い」
「何が」
「身体」
真白は少し考える。
「昨日も空いた」
「毎日空くよ」
「面倒」
「俺に言われても」
「身体、維持費かかる」
「そういう言い方する?」
真白は自分の腹へ手を当てた。
「昨日、食べたら止まった」
「空腹だからね」
「今日も?」
「多分」
「毎日?」
「死ぬまで」
真白が嫌そうな顔をした。
「大変」
「今気づいた?」
朔はようやく起き上がった。
*
冷蔵庫。
卵。
調味料。
昨日買った麦茶。
以上。
「本当にないな」
「言った」
「米は」
「ない」
「パン」
「昨日食べた」
「俺のも?」
「知らない」
「二枚あったよね」
「二枚食べた」
「俺のもじゃん」
「名前書いてなかった」
「冷蔵庫に入ってるパンに所有権表示必要?」
「必要だった」
朔は冷蔵庫を閉める。
「コンビニ行くか」
「コンビニ」
「昨日通った」
「明るい店」
「だいたい合ってる」
「何でもある?」
「何でもはない」
「食べ物ある?」
「ある」
「行く」
決定が早い。
靴。
玄関。
真白は借り物のスニーカーを履く。
まだ少し大きい。
紐を結ぶのに時間がかかる。
「難しい」
「蝶々結び」
「知識はある」
「できない?」
「やったことない」
しゃがむ。
結ぶ。
ほどける。
もう一度。
「知ってるのにできないの、変」
「そういうもの多いよ」
「朔も?」
「料理のレシピ読んでも料理できない」
「それは違う気がする」
「厳しい」
三回目。
結べた。
真白が見る。
「できた」
「うん」
反対。
「こっちも」
「自分で」
「今やった」
「じゃあできる」
真白は少し睨んだ。
それでも。
自分で結んだ。
*
コンビニ。
自動ドア。
開く。
真白が止まる。
「入らないの」
「多い」
「何が」
「物」
「コンビニだから」
飲み物。
菓子。
弁当。
雑誌。
洗剤。
電池。
傘。
全部。
真白は入口で一度全体を見る。
「何を買えばいい」
「食べたいもの」
「分からない」
「じゃあ見れば」
歩く。
弁当。
「これ」
「唐揚げ弁当」
「これ」
「パスタ」
「これ」
「おにぎり」
「全部食べ物?」
「だいたい」
真白が棚を見る。
「多い」
「さっきも言った」
「選べない」
朔は止まる。
少し。
考えそうになる。
どれが好き。
何が欲しい。
本当は何を。
そこまで浮かんで。
やめた。
「一周する?」
「一周」
「見てから決めれば」
真白が頷く。
「そうする」
一周。
二周目。
デザート棚。
真白が止まった。
「これ」
「プリン」
「知ってる」
「食べたことは」
「ない」
「じゃあ買えば」
真白はプリンを見る。
隣。
別のプリン。
その隣。
また別。
「三つある」
「もっとあるよ」
下。
上。
硬め。
なめらか。
カラメル多め。
生クリーム。
卵濃厚。
真白が固まった。
「増えた」
「見つけてしまったね」
「違いは」
「食べれば分かる」
「全部?」
「全部買ってもいいけど」
「それは選んでない」
朔が見る。
真白は棚を見ている。
かなり真剣だった。
「これ」
一つ取る。
黄色い。
普通のプリン。
「なんでそれ」
真白が朔を見る。
「聞く?」
「……」
しまった。
反射。
「いや」
真白が少し笑う。
「黄色かったから」
「理由あるんだ」
「聞いた」
「聞いてない」
「顔」
「そんな顔してた?」
「してた」
プリン。
かご。
入れる。
「それだけ?」
「朔は」
「俺?」
「食べない?」
「じゃあコーヒー」
「食べ物」
「コーヒーは食事じゃない?」
「昨日、朔が言った」
「何を」
「卵は食事」
「コーヒーは違う」
「基準」
「知らない」
真白がまた少し笑った。
*
レジ。
会計。
真白は横で見る。
「お金」
「うん」
「これで物と交換」
「だいたい」
「この紙に価値がある?」
「その話すると長い」
「なぜ」
「帰ってから」
「逃げた」
「今日は休日」
「関係ある?」
「ある」
店員から袋を受け取る。
外。
久世がいた。
自転車。
片手にペットボトル。
目が合う。
「……」
朔。
「……」
久世。
真白。
三人。
「お前」
「何」
「女」
「うん」
「誰」
「神代真白」
真白が言った。
久世が止まる。
朔を見る。
真白を見る。
もう一度朔を見る。
「説明」
「長い」
「その返しで許されると思ってる?」
「警察も絡んでる」
「余計怖いわ」
真白が久世を見る。
「久世?」
「え」
「朔の友達」
「なんで知ってるの」
「聞いた」
「俺の何を」
真白が考える。
「一般人」
「紹介雑すぎるだろ」
朔。
「間違ってない」
「お前は黙れ」
久世は自転車を止めた。
改めて真白を見る。
「久世直哉です」
「知ってる」
「そうでした」
一拍。
「えっと」
久世が困る。
珍しい。
「よろしく」
「よろしく」
普通。
あまりにも。
普通。
朔は少しだけ笑った。
「何」
久世が見る。
「別に」
「その笑い方腹立つな」
真白が袋を見る。
「プリン」
「急に何」
「買った」
「よかったね?」
「食べる」
「報告?」
「多分」
久世が朔を見る。
「この子ずっとこんな感じ?」
「今のところ」
「お前より会話しやすいな」
「なんで」
「質問少ない」
真白。
少し。
久世を見る。
「なぜ?」
「増えた!」
*
家。
三人。
なぜか。
久世もいる。
「何で来たの」
「気になるだろ」
「何が」
「全部」
真白は机の前。
プリン。
蓋。
見る。
「開けていい?」
「自分のだから」
「聞かなくていい?」
「聞かなくていい」
開ける。
少し。
失敗。
蓋にプリンがつく。
「ついた」
「舐めれば」
「朔」
「何」
「人前」
久世が笑う。
「御厨さんみたいになってる」
「誰」
「警察」
「警察にも怒られてるの?」
「よく」
「なんで」
「俺も知りたい」
「嘘つけ」
真白はスプーンを持つ。
プリン。
一口。
止まる。
二人。
見る。
「どう」
久世が聞く。
真白はしばらく口の中。
考える。
「甘い」
「うん」
「柔らかい」
「うん」
「冷たい」
「冷蔵庫だから」
「好き?」
真白が止まる。
プリンを見る。
もう一口。
食べる。
今度は。
少し大きい。
「好き」
短い。
それだけ。
久世が笑う。
「よかったな」
「うん」
真白。
また食べる。
カラメル。
少し。
眉。
動く。
「苦い」
「そこがいい」
朔。
「朔は好き?」
「プリン?」
「これ」
「普通」
「普通」
「嫌いじゃない」
「好きでもない?」
「そう」
真白が少し考える。
「じゃあ」
プリンを自分側へ寄せる。
「全部私の」
「最初からそうだよ」
「確認」
「重要」
久世がペットボトルを飲む。
「なあ」
「何」
「昨日まで何食ってたの」
真白。
「昨日?」
「その前」
「その前は」
止まる。
朔も。
久世も。
真白がプリンを見る。
「食べてない」
久世。
「……そっか」
「身体、なかったから」
「思ったより説明が重い」
朔。
「慣れるよ」
「慣れたくない」
真白が三口目。
「久世」
「何」
「プリン」
「うん」
「好き?」
「好き」
「どれ」
「固め」
「固め」
「今度買うなら」
真白が考える。
「固いのも見る」
「食べ比べだな」
「食べ比べ」
「そういうの楽しいよ」
真白。
その言葉を。
少し。
考える。
「楽しい」
まだ。
よく分からないような。
でも。
覚えておくような。
言い方だった。
朔は何も言わない。
プリン。
黄色。
半分。
残っている。
世界。
普通。
外で。
車。
走る。
誰も。
帰らなきゃ。
とは言わない。
「朔」
「何」
「明日」
「うん」
「固いプリン」
「買うの?」
「見る」
「買わないかもしれない?」
「分からない」
久世が笑う。
「いいじゃん」
真白が見る。
「何が」
「別に」
「なぜ」
「今日は聞かなくていい」
真白が。
少しだけ。
嫌そうな顔をした。
「めんどう」
朔と久世が。
同時に笑った。
SS 了
SSは7本ほど書く予定です。




