初めてお金を稼ぎました
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「ゲギャギャギャッ!!」
歪んだナイフを振り上げ、狂ったようにアスファルトを蹴って迫るゴブリン。
――今っ!
寧々は右手の中指から伸ばしていた糸を、ゴブリンが踏み込んだ瞬間の足首へ絡みつかせる。
そして、そのまま自分の指先へ一気に巻き戻すようなイメージで動かした。
「ギャッ!?」
ドンッ!
鈍い衝撃音と共に、走っていたゴブリンの身体が激しく前につんのめった。
アスファルトへ顔から叩きつけられたゴブリンは、短い悲鳴を漏らしながらバタついた。
今しかない。
怖いとか、考えてる暇なんてなかった。
「っ……!」
寧々は左右の人差し指を鋭く振る。
糸で繋がった2本の黒鉄のナイフが、鞭みたいに空気を裂いて飛んだ。
ザシュッ!!
ザシュッ!!
「ギャァッ!?」
1本は脇腹へ。
もう1本は首元へ深く突き刺さる。
赤黒い血が飛び散って、ひび割れたアスファルトを濡らした。
これも、ずっと部屋で箸を使って練習してきた。
最初はただ振り回すことしか出来なかったけど、スキルレベルが上がってからは、だいぶ思った通りに動かせるようになってきたんだ。
地面に倒れたゴブリンが、ビクンッと大きく痙攣する。
「……苦しい、よね。ごめんね」
目の前で血を流して苦しむ姿に、胸の奥でほんの少しかわいそうだなって思う気持ちが過る。
でも、それだけ。
先に襲いかかってきたのはそっちだ。
突き刺さっていた2本のナイフを引き抜き、もう一度、空中で指先を小さく振る。
今度は迷わず、首目掛けて糸を振った。
ザシュッ――。
首を裂かれたゴブリンは、バタバタともがくみたいに身体を震わせたあと、ぴたりと動かなくなる。
次の瞬間。
その身体は、紫色の煙みたいにふわりと崩れて、そのまま空気へ溶けるように消えていった。
「……ぁ」
あとには、ゴブリンがいた場所へ小さな紫色の石が残されていた。
それから、ゴブリンがさっきまで握りしめていた、錆びて歪んだナイフだけだった。
「これが……ドロップアイテムか」
寧々は周囲を警戒しながらしゃがみ込むと、それをそっと拾ってリュックへしまう。
初めての討伐は、思っていたよりずっとあっけなく終わった。
戦っている最中は、不思議なくらい怖くなかった。
死ぬかもしれないっていう恐怖は、ちゃんとあった。
でも、相手を傷つけることへの怖さは、ほとんど感じなかった。
モンスターとはいえ、ちゃんと寧々と同じように命があった。
「……向いてるのかな、探索者」
ぽつりと零れた声は、静かな廃墟の奥へ小さく消えていった。
◇
「こ、こんなにもらえるんだ……」
思わず漏れた声と一緒に、寧々の視線がカウンターの上のトレイへ吸い寄せられる。
そこに並べられていたのは、15500円。
探索者ショップの明るい照明を反射して、お札がやけに眩しく見えた。
「極小魔石が15個に、錆びたナイフが7個。初めてにしては出来過ぎじゃないか?」
カウンターの向こうで、有原さんが感心したみたいに笑う。
寧々は今日、1層でゴブリンを15体倒して戻ってきていた。
思っていたよりも、ちゃんと戦えた。
距離を取って戦う今のスタイルが、ゴブリン相手とはかなり相性が良かったんだと思う。
結局、一度も直接攻撃を受けることなく探索を終えることが出来た。
途中で1回だけ、錆びたナイフを投げつけてくるゴブリンがいたけれど、あれも熊太郎でなんとか防げた。
ナイフが刺さった瞬間はかなりびっくりしたけど、魔糸でがっちり補強していたおかげで、中の綿が飛び出すほどではなかった。
ちょっとほつれちゃったくらい。
だから休憩ついでに、その場ですぐに縫い直しておいた。
まだMPにも余裕はあったし、たぶん、もう少し潜ることも出来たと思う。
でも今日は初めての探索だったから、無理はしないって最初から決めていた。
焦って怪我したら意味ないもんね。
それに――。
10体目のゴブリンを倒した辺りで、寧々のレベルが1つ上がったんだ。
【名前】枢木寧々
【ジョブ】魔糸使い
【レベル】2
【HP】25/25
【MP】13/13
【筋力】G(2+2)
【耐久】G(2+8)
【敏捷】G(2+3)
【器用】G(14+9)
【知力】G(3)
【魔力】G(11+4)
【運 】G(7)
【装備】
■武器:黒鉄のナイフ(筋力+1 / 器用+2)
■武器:黒鉄のナイフ(筋力+1 / 器用+2)
■頭部:魔糸編みのヘッドドレス(器用+1 / 魔力+2)
■身体①:黒薔薇のゴシックワンピース(耐久+4 / 器用+2)
■身体②:魔糸編みフリルペチコート(耐久+2 / 器用+2)
■靴:黒猫ショートブーツ(敏捷+3 / 魔力+2)
■アクセサリー①:黒薔薇のチョーカー(耐久+2 / 魔力+3)
■アクセサリー②:熊太郎【耐久】12
【スキル】
■操糸術 Lv.2
■裁縫術 Lv.2
「うーん……」
寧々はスマホに表示されたステータスを見ながら、ちょっとだけ眉を下げた。
レベルアップって、もっと一気に強くなるものだと思ってた。
なのに、実際に増えていた数値はほんの少しだけ。
しかも、全部まだGのままだ。
「……もっと“狩る”しかないのかな」
ぽつりと呟く。
すると、有原さんが「ん?」と首を傾げた。
「あ、有原さん」
「どうした?」
「れ、レベルが上がったら、もっと強くなるんじゃないんですか……?」
そう聞いた瞬間、有原さんが豪快に笑った。
「ガハハ! そんな急に強くなれるわけねぇだろ!」
「ぇっ」
「勉強だって、スポーツだってそうだろ? 裁縫だって、最初から上手く出来るわけじゃねぇ。少しずつ積み重ねて、やっと上手くなるもんだ」
「……た、たしかに」
言われてみればその通りかもしれない。
寧々だって、最初から魔糸を上手く扱えたわけじゃなかった。
毎日ずっと触り続けて、やっと今みたいに動かせるようになったんだ。
「い、今って、一番強い人はどれくらいなんですか……?」
「お、気になるか?」
有原さんはニヤッと笑う。
「さっき来てた探索者が言ってたぞ。探索庁の公式サイトに、各ダンジョンの進行状況とか、最前線の探索者情報が載ってるらしい」
「そ、そうなんだ……」
寧々はスマホを取り出して、そのまま探索庁の公式サイトを開いてみる。
「……新宿ダンジョン、3層」
画面を見ながら、小さく呟いた。
「レベル5……」
そこには、最前線を攻略している探索者たちの情報が表示されていた。
一般開放されてから、まだ1ヶ月ちょっと。
なのに、もうレベル5まで上がっている人がいる。
「すげぇやつがいるもんだなぁ」
有原さんが感心したみたいに腕を組む。
その画面を見ていた寧々の胸の奥が、なんだか少しだけムズムズした。
悔しい。
こんな気持ち、今まであんまり感じたことなかったのに。
「……ね、寧々も頑張る」
気付けば、そんな言葉が口から漏れていた。
「おう。でも焦るなよ?」
「……ぇ?」
「寧々ちゃんだって、初探索でこれだけ成果出してるじゃねぇか。焦って無理すると、判断が鈍って怪我するぞ」
「……そ、そっか」
寧々は少しだけ肩の力を抜く。
「そ、そうですね。寧々は、寧々なりに頑張ります」
「それでいいんだよ」
有原さんはうんうん頷きながら笑った。
「今日は初探索なんだから、帰ってちゃんと報告して褒めてもらえ」
「は、はい……」
ママとパパ、褒めてくれるかな。
パパは最近ずっと帰ってこないし、ママも毎日忙しそうだった。
でも今日は、寧々が初めて、自分の力でお金を稼いだ日だ。
きっと、ちゃんと報告したら喜んでくれるよね。
そんなことをぼんやり考えながら、寧々はバッグを抱え直して、夕方の街をゆっくり家へ向かって歩き出した。
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