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人形姫は愛されたい  作者: 道雪ちゃん


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ゴブリンに見つかりました

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

 上野ダンジョン――地上階受付。


 扉を開けると、この前外から覗き込んだときよりも、中の内装の様子がはっきりと分かった。


 受付の目の前が簡単なロビーになっていて、その奥の方には更衣室と書かれた案内板が見える。


 汗を流すためのシャワーとかは……まだどこにもないのかな。


 一般開放されたばかりだし、たぶんそのうちロッカーと一緒にシャワー室とかも新しくできていくのかもしれない。


 そんなことを考えながらキョロキョロしていると、受付の職員さんが寧々に気付いて声をかけてくれた。


「いらっしゃいませ。探索者登録証のご提示をお願いします」


 探査庁の建物だから、この人たちのことも職員さんって呼べばいいのかな。


 寧々は緊張でお財布からカードを落とさないように気を付けながら、登録証を取り出して提示した。


「はい、確認出来ました。ありがとうございます。枢木さんは、今日が初めてのダンジョン探索でよろしかったでしょうか?」


「は、はい。今日が初めてです」


 小さく頷きながらそう答えると、職員さんは初めての寧々のために、改めてこのダンジョンの現状について詳しく説明をしてくれた。


 この上野ダンジョンは、今のところ2層の途中まで探索が進んでいるらしい。


 今から寧々が入る1層にはレベルが1から2のモンスター。


 その奥の2層にはレベルが3から4のモンスターが出現するんだって。


 受付の後ろにある大きなモニターには、現在2層まで攻略を進めている先行パーティの名前がいくつか表示されていた。


 パーティかぁ……。


 人と関わるのが怖い今の寧々には、絶対に無理だな。


 誰かと一緒にチームを組んで戦うなんて、考えただけでも息が苦しくなりそう。


 でも、経験してみないと何も始まらないっていうことも、頭の中ではちゃんと理解はしてる。


 職員さんからは、必ず手持ちのポーションの数を確認しておくことと、HPやMPに十分な余裕があるうちに帰還するようにと念を押された。


 もちろん、最初から奥まで無茶に突っ込んでいくつもりなんてないし、そんな勇気もない。


 とりあえず今日は、自分の力を試して経験を積むためだけなんだ。


「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 寧々は背負っていたリュックのチャックを開けて、有原さんのお店で買った黒鉄のナイフを2本、両手へと取り出した。


「……行ってきます」


 受付の奥に見える、重苦しい鉄製のゲート。


 あそこを通り抜ければ、すぐに地下へと続く石階段だ。


 ここからでも、大きく開いた口のような、不気味な穴の姿が見えている。


 あぁ……心臓が痛いくらいに緊張する。


 恐怖で今にも震え出しそうな自分の両太ももを、寧々は気合いを入れるように両手でパンと叩いてから、一歩一歩ゲートに向かって近づいていった。


 ゲートの読み取り部分に、持っていた登録証をピッと当てる。


 ガシャン。


 電子音が鳴って、行く手を塞いでいた重いバーがゆっくりと開いた。


 開いた暗闇の口の奥から、地上とは違う、冷たくて乾いた風が不気味に吹き抜けてくる。


 寧々は2本のナイフをぎゅっと握りしめ、覚悟を決めて、一歩ずつ地下の石階段を降りていった。





 上野ダンジョン――1層。


 薄暗い石階段を降りた先は……なんだこれ……。


 映画とかで見るような、ゴツゴツした岩肌が続く洞窟みたいな場所を勝手にイメージしていたんだけど、そこに広がっていたのは、ボロボロに廃れた市街地のような不思議な空間だった。


 折れ曲がった信号機に、崩壊しかけたコンクリートのビル、あちこちが酷くひび割れたアスファルトの道路。


 ここが元々どこの街だったのかは分からないけれど、壊れた人工物がいたるところに転がっている不気味な景色が、奥の方までずっと続いている。


 あまりの非現実的な光景に圧倒されそうになりながらも、寧々はすぐに周囲への警戒を高めた。


 いつ、どこから恐ろしいモンスターが飛び出してくるか分からなかったから。


「……『操糸術』」


 静まり返った廃墟に消えてしまいそうな声で呟くと、左右の手の人差し指と中指、合わせて4本の指先から、無色で輪郭のぼやけた魔力の糸がスルスルと伸びていく。


 寧々はそのうちの左右の人差し指から伸びた2本の糸に、黒鉄のナイフの柄をそれぞれしっかりとくくりつけた。


 さらに、左手の中指から伸びた糸の先には、いつもベッドの横に置いていたお気に入りの熊太郎をくくりつける。


 戦いに巻き込んじゃって熊太郎には本当に申し訳ないけれど、1ヶ月間魔糸でがっちり補強した熊太郎は、今の寧々よりも耐久の数値が高い。


 それに、もしボロボロに傷ついてしまっても、寧々の『裁縫術』があればすぐにその場で修理して元通りに直してあげられる。


 ずっと一緒にいてくれた愛用のぬいぐるみは、今の寧々にとって、自分を守ってくれる一番信頼できる盾でもあるんだ。


 残った右手の中指の糸1本は、敵が来たら動きを止めるための拘束用として、何も繋がずにそのまま宙に浮かせておく。


 この戦い方のイメージトレーニングは重ねてきた。


 やれる。


 寧々は、絶対に出来る。


 心の中で何度も自分にそう言い聞かせながら、2本のナイフと熊太郎を自分の周囲に浮かべ、足元の悪いアスファルトの道を慎重に進んでいく。


 少しだけ奥へ進んだ先、崩れかかった民家の壁の隙間から、何かが擦れるような嫌な声が聞こえてきた。


「ゲギャギャ」


 甲高くて、聞いてるだけで背中がゾワゾワするような気味の悪い笑い声。


 寧々は心臓が飛び出そうになるのを必死に抑えて近くの物陰に身を隠すと、建物の影から1体の不気味なモンスターが姿を現した。


 人間の子供より少し小さいくらいの細い体。


 だけど、背中を丸めてすごく姿勢悪く歩いているから、実際よりもさらに小さく縮こまっているように見える。


 むき出しになった肌はくすんだ緑色をしていて、ところどころが乾燥した泥みたいに酷くひび割れていた。


 洋服なんて呼べるものは身につけていなくて、代わりに、どこからか拾ってきたボロボロの汚い布きれを腰のあたりに雑に巻きつけている。


 そして爪の伸びた片手には、錆びて刃先が歪んだナイフをぎゅっと握りしめていた。


 顔の形は……確かに人間に似ているはずなのに、中身は全然違う。


 鼻が潰れていて、二つの目がぎょろりと異常に大きくて、薄暗い空間の光を反射してぎらぎらと不気味に黄色くぎらついている。


 フシュー、フシュー、と息をするたびに、喉の奥で小さく何かが鳴るみたいな、変な音が混ざっている。


 動画で見た、ゴブリンだ……。


 本物のモンスターを前にして息が止まりそうになりながらも、迎撃の準備をしようと身体を少しだけ動かした、その時だった。


 足元への注意が疎かになってしまい、靴の先がアスファルトの上の小さな石をジャリッと鳴らしてしまった。


 あ、ヤバい……!!


「ギャッ?」


 静かな廃墟に響いた小さな音に反応して、ゴブリンのぎょろりとした大きな目が、一瞬で寧々の隠れている物陰へと向けられた。


 こちらを見つけた瞬間、それまで濁っていたその視線だけが、やけに鋭くギラリと変化する。


 ――凶暴な肉食獣が、美味しそうな獲物を見つけた、みたいに。


「ゲギャギャギャッ! ギャギャッ!!」


 耳を突き刺すような気味の悪い金切り声を上げながら、ゴブリンは歪んだナイフを高く振り上げて、アスファルトをまっすぐに走ってきた。


 死ぬかもしれない恐怖で、頭の中が真っ白になりそうで、今すぐ逃げ出したくなる。


 だけど、ここで逃げたら今までの自分に逆戻りだ。


 寧々は震える脚にぐっと力を入れて立ち上がる。


 そして、正面から迫りくるゴブリンに向かってまっすぐに正対した。



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