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人形姫は愛されたい  作者: 道雪ちゃん


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10/17

みんなバラバラになりました

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

「ただいまぁ……」


 久しぶりにこんなに長い時間歩き回ったせいか、脚がじんわり重い。


 でも、嫌な疲れじゃなかった。


 胸の奥が、まだ少しだけ熱い。


 初めてモンスターを倒して、初めてお金を稼いで、初めて探索者として帰ってきたんだ。


 だから今日は、ちゃんとママに話そうって決めてた。


 頑張ったねって、少しでも褒めてもらえたら嬉しいなって。


 そんなことを考えながら、寧々はリビングの扉を開けた。


 だけど――。


「……」


 そこにいたママの様子を見た瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。


 ソファに座ったまま俯いていて、顔色も悪い。


 部屋の空気まで重たく沈んでいるみたいだった。


「た、ただいまぁ……帰ったよ。あのね――」


「寧々、話があるの」


 言葉を遮るみたいに、ママが静かにそう言った。


 その声が、妙に冷たかった。


 怒ってるとかじゃなくて、感情そのものが抜け落ちてるみたいな声。


 なんとなく。


 本当になんとなくだけど、嫌な予感がした。


 寧々はゆっくりママの近くへ歩いていって、そのまま隣へ座る。


 するとママは、テーブルの上に置いてあった茶色い封筒を手に取った。


「パパ……あの人と離婚することになったから」


「……え?」


 頭が、一瞬止まる。


 ママはそのまま封筒の中から何枚かの写真と書類を取り出した。


「これ、見て」


 差し出された写真へ視線を落とす。


「……なに、これ」


 そこに写っていたのは、知らない女の人と一緒に歩いてるパパだった。


 腕を組んで、笑ってて。


 寧々が最後に見た時より、ずっと楽しそうな顔をしてた。


 頭が理解するより先に、ぽろっと涙が落ちる。


「やっぱり外に女を作ってたのよ。今日、それであの人と話してきたから」


 ママは淡々と続ける。


「寧々はどっちについてくる?」


「……っ」


 急にそんなこと言われても、分からない。


 帰ってくる途中まで考えてた言葉が、全部ぐちゃぐちゃに崩れていく。


 今日あったことを話したかった。


 頑張ったって聞いてほしかった。


 でも、そんな空気じゃなくなってしまった。


「そ、そんなの……わからないよ……」


 喉が震える。


「き、今日だって、もっと違う話しようって……考えて帰ってきたのに……」


「はっきり私についてくるって言ってくれないのね」


 ママが小さく息を吐く。


「そう。とにかく私は出ていくから」


「……なに、それ」


 ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くくらい冷たかった。


 涙は止まらないのに、頭だけ妙に冷えていく。


「ママだって……ずっと寧々のこと放置してたの、一緒だよね?」


「ち、違うわよ! あの人と一緒にしないで!!」


「一緒だよ」


 言葉が止まらない。


 いつもなら怖くて、途中で詰まってしまうのに。


「寧々からしたら一緒なの。最後に一緒にご飯食べたのいつ? 最後にお出かけしたのは?」


「……」


 ママは何も言えなくなった。


「今日だって……初めて探索に行ったの。初めてモンスター倒して、初めてお金稼いできたの」


 震える手で、リュックをぎゅっと抱きしめる。


「その話、したかっただけなのに……」


 苦しくて、涙で視界が滲む。


 なのに言葉だけは止まってくれなかった。


「それなのに急にこんな話されて……わけわかんなくなるの当たり前じゃん……」


「なのにママは、自分は出ていくからって……」


 ぐちゃぐちゃだった感情が、だんだん別のものに変わっていく。


 悲しいのに。


 寂しいのに。


 胸の奥が冷えていく。


「結局、パパもママも……寧々を捨てるんだね」


「っ……!」


 ママが息を呑む。


 でも、もう止まれなかった。


 寧々はポケットから財布を取り出して、その中に入っていたクレジットカードをテーブルへ置いた。


 ママから預かっていたカード。


 今まで生活のために使っていたもの。


「……いいよ。ママも好きにしたら」


 涙を拭う気にもなれない。


「寧々も、好きにするから」


 自分でも驚くくらい、静かな声だった。


「……さようなら」


 ママが、怯えたみたいな顔をしていた。


 きっと今の寧々、すごく冷たい顔してる。


 でも仕方ない。


 ここまで育ててくれたことには感謝してる。


 だけど。


 寧々の家族は、たぶんずっと前から壊れてたんだ。


 パパも。


 ママも。


 もう、誰も信じない。


 信じたって、どうせ最後にはいなくなるから。





自分の部屋へ戻った寧々は、閉めた扉に背中を預けたまま、しばらく動けなかった。


 さっきまで普通に歩いていたはずなのに、脚からゆっくり力が抜けていく。


 そのままずるずると床に座り込むと、抱えていた熊太郎をぎゅっと胸の中へ押し込んだ。


「……っ」


 苦しい。


 胸の奥がぐちゃぐちゃする。


 泣きたいのに、もう涙もあんまり出てこない。


 頭だけが妙に冷えていた。


 部屋の中はいつも通りだ。


 机の上に置きっぱなしの裁縫道具。


 壁に立てかけた姿見。


 さっきまで“お気に入り”だったものが、急に遠く感じる。


 寧々は震える手でスマホを取り出した。


 画面の中にある“パパ”って文字を見つめる。


 少しだけ迷ってから、通話ボタンを押した。


 数回のコール音。


 やがて、聞き慣れた声がスマホの向こうから聞こえてきた。


『……もしもし』


「もしもし、パパ?」


『……寧々、ごめん』


 その一言で、全部察した。


 きっと寧々がママから話を聞いたんだろうって思ったんだ。


 寧々からパパへ電話することなんて、ほとんどなかったから。


 忙しい人だったし、どうせ仕事中だろうなって、ずっと遠慮してた。


「今更だよ」


 自分でも驚くくらい、声が静かだった。


「ママ、出ていくって」


『……あぁ』


 スマホの向こう側で、パパが苦しそうに息を吐く。


『全部……パパのせいなんだ。本当にごめん』


「……」


 わからない。


 そんなに悪いことだって分かってたなら、どうして最初からやったの。


 どうして家族を壊したの。


 どうして寧々を一人にしたの。


 言いたいことはいっぱいあるはずなのに、不思議と怒鳴る気にはなれなかった。


 ただ、冷めていく。


「パパ、何回も言わせないで」


 熊太郎を抱く腕に力が入る。


「今更だよ」


『……そう、だよな』


 パパの声が小さくなる。


『寧々は……ママと一緒に行くのか?』


「……」


『寧々がいいなら、その家に住んでていいから。パパもちゃんと帰るし、お金だって――』


「うん、ここにいるよ」


 言葉を遮る。


「でも、帰ってこなくていい」


『っ……』


「お金もいらない」


 喉の奥が少しだけ震える。


 それでも、もう止まらなかった。


「一緒にいる女の人と、そのまま一緒にいたらいいよ」


『…………』


 スマホの向こうが静かになる。


 何か言おうとしてる気配はするのに、言葉になってこない。


 その沈黙が、逆に全部を認めてるみたいだった。


 寧々はぼんやり天井を見上げる。


 なんで、こんな人たちに怯えてたんだろう。


 なんで嫌われないように必死だったんだろう。


 本当に欲しかったものなんて、そんな大したものじゃなかったのに。


 可愛いねって。


 いい子だねって。


 頑張ったねって。


 ただ、そう言ってほしかっただけ。


「……寧々ね」


 小さく呟く。


 でも、その続きをパパに聞かせる気にはなれなかった。


 寧々は静かに通話を切る。


 真っ暗になったスマホ画面には、泣きそうなのに泣けなくなった自分の顔だけが映っていた。


 愛されたかった。


 それだけだったのに。

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