ボスに勝ちました
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
7月の終わり。
誰にも祝われないまま、寧々は16歳になった。
……まぁ、だからどうってわけでもないんだけどね。
お祝いのケーキもないし、誰からのプレゼントもない。
でも、その寂しい代わりみたいに、寧々のレベルは10になったんだ。
画面の中で『魔糸使い』だったジョブは、新しく『傀儡師』へと変わった。
「……傀儡師かぁ」
自分の部屋で、画面を見つめながら小さく呟いてみる。
なんだか、ちょっとだけ格好いい響きで嫌いじゃない。
でもステータス自体の数値は、まだまだそんなに強くはなかった。
まともに正面から戦士や剣士の人たちみたいに武器を構えて戦えば、たぶん普通に危ない目に遭うと思う。
でも、レベルアップで新しく『魔糸感知』のスキルを覚えてからは、ダンジョンの探索がかなり変わった。
寧々は、自分の細い魔糸をダンジョンの通路に張り巡らせるようにしたんだ。
指先から伸ばした糸は、何かが触れた瞬間にぷつりと溶けて消えちゃうくらいに脆い。
だけど、索敵用としてはそれで十分だった。
頭の中に直接伝わってくる、ぷつっ、と糸が切れる微かな感覚。
ただそれだけで、視界の届かない壁の向こうのどこにモンスターが潜んでいるのかが、はっきりと分かる。
「……いた」
感知した気配の方向へ向かって、足音を殺して歩く。
薄暗い通路の先。
そこにいたオークがこっちの存在に気づいて振り向くより前に、私は指先を動かした。
繋がれたナイフが闇を切り裂き、音もなく飛んでいく。
首、目、喉。
狙い通りに命中して、ぐしゃり、と地面に崩れ落ちたのを目視で確認してから、寧々はまた手元へと糸を巻き取った。
戦いを重ねるうちに『操糸術』のレベルも3に上がっていた。
今の寧々なら、最大で6本まで同時に糸を扱える。
ナイフ用に2本。
ぬいぐるみ用に2本。
残りの2本は敵を縛る拘束用だったり、いざという時の予備だったり。
探索者を始めたばかりの頃より、できることがずっと増えて嬉しい。
それに、『精密操作』のスキルを覚えてからは、戦うのがもっと楽になった。
糸を動かす時の微妙なコントロールのズレが、目に見えて減ったんだ。
頭の中で狙った場所に、狂いなくそのまま刃が届く。
宙を舞うナイフも、身代わりに動かすぬいぐるみも、本当に自分の手足みたいに滑らかに動いてくれる。
5層のボスと初めて戦った時も、まさにそんな感じだった。
グラッジベア。
目の前に現れたのは、黒くて大きな熊型のモンスターだった。
初めて対峙した時は、正直に言って身体が竦むくらい怖かった。
ダンジョンの狭い通路をいっぱいに埋め尽くすほどの巨体。
むき出しになった爪も牙も、他のモンスターとは比べものにならないくらい大きくて凶悪だった。
なのに。
「……動けないでしょ」
私は冷静に指先を弾いて、2本の糸でまずその足元を固く絡めとった。
さらに残りの糸を使って、大きな身体ごとぐるぐる巻きに縛り上げたら、ボスはそれだけで身動きが取れなくなった。
怪力でめちゃくちゃに暴れていたけれど、私の魔糸は一本も切れなかった。
寧々はボスの爪が届かない安全な離れた場所から、指先だけで短剣を何度も動かして、少しずつその体力を削っていった。
首を裂いて。
目を的確に刺して。
何回も何回も一方的に攻撃を重ねていたら、最後には力尽きて動かなくなっちゃった。
戦う前は怯えていたけど、思っていたよりもずっとあっけなかった。
それから寧々は、手に入れたグラッジベアの素材を使って、『熊太郎』をいっぱい強化した。
新しく用意したもう一匹のウサギのぬいぐるみの『ぴょん吉』もいる。
ぴょん吉の補強にも、倒したホーンラビットやダスクラビットの素材を全部使った。
ぬいぐるみを補修する時も、強化する時も、寧々は絶対に手を抜かずにちゃんと丁寧に作業をやっている。
糸が少しでもほつれていないか細かく目を凝らして見て、中の綿の位置を均等に綺麗に整えて。
実戦の衝撃で少しでも壊れにくいように、一針ずつ心を込めて縫い直していく。
……でも、これだけ熱心に裁縫をしていても、『裁縫術』のレベルはなかなか上がってくれなかった。
「むぅ……」
誰もいない部屋で、思わず不満のせいで頬がぷくっと膨らんでしまう。
こんなに毎日頑張って針を動かしているのに、スキルをくれる存在?神様?ってちょっとケチすぎる。
そんな風に少しだけ拗ねていた、そんな頃だった。
寧々のレベルが15に達した時、ついに新しいスキルを覚えることができた。
『疑似生命』。
寧々のMPを大きく消費する代わりに、対象のぬいぐるみを私の操作なしで、独立して自由に動かせるようになるスキル。
覚えた当初は、本当にそんなおとぎ話みたいなことができるのか半信半疑だった。
でも。
「熊太郎、ぴょん吉、おねがい」
部屋の床に置いた2匹に向かってそう声をかけた、その瞬間。
それまでただのぬいぐるみだった熊太郎が、短い手足を器用に動かして、自分からトコトコと寧々の前に進み出た。
ぴょん吉も、足元を嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら元気に動き回る。
「……わ、可愛い……っ!」
あまりの愛らしさに、抱きついてしまった。
本当に、自分の意志を持っているみたいに動いたんだ。
寧々が指先から糸を伸ばして操作していないのに、ちゃんと生きているみたいに。
この子たちが自立してからは、ダンジョンの探索がもっと目に見えて楽になった。
寧々が糸を動かさなくても、熊太郎とぴょん吉が寧々の左右に並んで、周囲の危険を率先して警戒してくれるから。
操作の手が空いた2本の糸のうちの1本には、買い足した黒鉄のナイフをくくりつけた。
それと、もう1本。
探索の途中で偶然見つけた、宝箱の中に入っていた短剣。
『ブラッドサース』。
刃の全体が、吸い込まれそうなほど真っ黒だった。
宝箱から取り出して見た瞬間、なんだか本能的にぞわっと嫌な感じがしたのを覚えている。
でも、変だったのはその不気味な見た目だけじゃなかった。
これで敵を斬り裂くたびに、なぜか寧々の身体が少しずつ軽くなる感覚があるんだ。
気になって後でステータスを詳しく調べてみたら、どうやら『吸血』の効果が備わっているらしい。
相手を傷つけた分だけ、その生命力を吸い取って、少しだけ寧々のHPを回復してくれる特殊な武器。
最初は見た目が呪いの武器みたいで怖かったけれど、安全にソロ探索を続けたい寧々にとってはすごく実用的で、今は結構お気に入りの相棒になっている。
そして。
寧々が一人で探索者になってから、早くも半年が過ぎた。
季節は巡り、11月。
ついに、上野ダンジョン10層の最奥にある広い部屋で、エリアボスに挑戦する。
「…………」
ドーム状に広がった巨大な空洞。
冷え切った空気の満ちる上空から、バサバサと不気味な羽音が響いてくる。
ばさり。
天井の暗闇から、寧々の足元へと真っ黒で大きな羽が1枚、静かに落ちてきた。
その直後だった。
「ギャァァアアアアッ!!」
鼓膜が痛くなるような、金属を擦り合わせたみたいな甲高い鳴き声。
それと同時に、巨大な悪意の影が、寧々の頭上を凄い速度で横切った。
クリムゾンビーク。
燃えるような紅い嘴を持つ、大きなカラス型のモンスター。
宙を舞うそのぎょろりとした鋭い両目が、真っ直ぐに獲物である寧々を捕らえていた。
――速い。
そう思った瞬間には、ボスはもう上空から矢のような速度で寧々目がけて突っ込んできていた。
「っ──!」
考えるより先に、必死に身体を横へと投げ出した。
直後、さっきまで寧々が立っていた場所の地面が、轟音と共に深く抉り取られる。
激しく砕け散った石の破片が、頬を掠めていって痛い。
着地と同時に、疑似生命で動く熊太郎が寧々の盾になってくれるために前に出た。
けれど、間髪入れずにクリムゾンビークの鋭い爪が上空から容赦なく振り下ろされる。
バリィッ、と嫌な音がして、熊太郎の身体から白い綿が派手に空中へ飛び散った。
「熊太郎!」
慌てて熊太郎の身体に魔糸を巻き付け、手元へと引き寄せて避難させる。
ボスが着地したその一瞬の隙を突いて、残る4本の糸を限界まで伸ばし、繋いだ短剣を同時に前方に飛ばした。
刃が、夜みたいに薄暗い空間を鋭く走る。
でも。
キィンッ!
甲高い金属音が響いて、寧々の放ったナイフは、ボスの硬い嘴によって簡単に叩き落とされてしまった。
「……硬い」
やっぱりナイフじゃ全く通らないか。
しかも、とにかく動きが速すぎる。
大きな羽で空を縦横無尽に飛び回られるせいで、狙いが全く定まらなかった。
「ギャァァアアアッ!!」
再び頭上から響く不気味な金切り声。
次の瞬間、寧々の視界のすべてが、黒い羽で埋め尽くされた。
まずい、避けきれない――。
そう直感した時には、寧々の左肩に引き裂かれるような痛みが走っていた。
「ぁ……っ」
あの鋭い爪で切られた。
魔糸でがっちり補強していたはずのお気に入りの服の肩が、無残に引き裂かれている。
傷口から、温かい血が床へとぽたぽたと落ちていく。
でも、その瞬間だった。
寧々の指先に繋がっていたブラッドサースの黒い刃が、まるで血の匂いに反応したみたいに、ぞわりと生き物のように脈を打った気がした。
真っ黒な刃が、繋がった魔糸を伝って、掌へとドクドクと嫌な熱を伝えてくる。
「……そっか」
覚悟を決めて、一気にすべての糸を強く手元に引いた。
通じない黒鉄のナイフ3本をあえて糸からパッと外して自由にし、空いた4本の糸のすべてを使って、空を舞うクリムゾンビークの通り道を塞ぐように広範囲に張り巡らせる。
そして、クリムゾンビークが寧々の怪我を見て油断し、次に狙いを定めて飛び退こうとした方向へ向けて、熊太郎のついた糸を囮として思い切り放った。
大きく羽ばたいて熊太郎を叩き落とそうとした、その瞬間。
がら空きになったその大きな影の真下から、残ったもう1本の糸を限界まで引き絞り、ブラッドサースを全力で突き上げた。
「ギャアアァッ!!」
洞窟の中に、今日初めて、ボスの本気の悲鳴が激しく響き渡った。
狙い通り、黒い刃が防備の薄い胸元へと深く深く突き刺さる。
それと同時に、寧々の身体の奥へと、失った生命力が戻ってきて軽くなる不思議な感覚がする。
吸血の効果のおかげで、さっきまでズキズキと痛んでいた左肩の傷口が、少しだけ塞がっていくのが自分でも分かった。
「……見つけた」
どんなにスピードが速くて攻撃を避けられるんだとしても。
最初から、逃げる場所を全部なくしてしまえばいい。
寧々は指先を激しく動かし、ボスの周囲の空間全体を埋め尽くすように、魔糸の形を網のように広げた。
予想外の罠に嵌まったクリムゾンビークが空中でもがいて暴れるたび、細い糸が大きな羽に何重にも絡みつき、自慢の飛行速度がみるみると落ちていく。
動きが完全に止まった無防備な身体めがけて、寧々は糸に繋いだブラッドサースを何度も、何度も容赦なく撃ち込んでいった。
何回も。
何回も。
そして最後は、思いっきり放ったブラッドサースが、喉元を真っ直ぐに貫いた。
巨体が激しく揺れる。
周囲に、綺麗な黒い羽がぱらぱらと力なく落ちていった。
ズシン、と重たい地響きの音を立てて、クリムゾンビークは床に倒れて動かなくなり、そのまま煙となって完全に消え去った。
ボスが消えた静寂の中、張り詰めていた緊張が切れて、その場にヘタヘタと座り込んでしまう。
「……勝った」
左肩の傷はまだ少し痛いし、限界までスキルを使い続けたせいで、寧々のMPはもうほとんど空っぽで頭がクラクラする。
でも、少しだけ。
本当に、ほんの少しだけだけど。
寧々は、ちゃんと自分の足で歩ける探索者になれた気がした。
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