魔糸の練習が終わりました
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
家に帰った寧々は、すぐに自分の部屋へ戻ると、買ってきたものを机の上へ並べていった。
探索者ショップを出たあとに向かったのは、手芸用品店。
黒いレースに、リボン。
補強用の布と、たまたま見つけた黒猫のアクセントパーツと、黒薔薇のコサージュ。
机の上へ並べられたそれらを見ていると、さっきまで感じていた外の疲れが少しだけ薄れていく。
「……かわいい」
ぽつりと呟いて、寧々は黒薔薇のコサージュを指先でそっと撫でた。
やっぱり、こういうものを見てる時間は落ち着く。
探索者ショップに並んでいた、あの銀色でゴツゴツした重そうな金属鎧なんかより、寧々はこっちのほうがずっと好きだった。
「さて、と……」
小さく息を吐いて、椅子へ座る。
買い物はした。
でも、一番大事なのはここからだ。
そもそも魔力の糸が出せなきゃ、何も始まらない。
寧々は机の上へ両肘を置きながら、人差し指をそっと前へ向けた。
「……『操糸術』」
集中しながら、小さく呟く。
すると次の瞬間。
「……ぁ」
指先から、細い糸みたいなものがスルスルと伸びた。
でも、それは普通の糸じゃなかった。
どこか輪郭がぼやけていて、空気が歪んでるみたいな、不思議な糸。
まるでモザイクでもかかってるみたいに、現実感が薄い。
「わっ、うわっ!?」
自分で出したのに、びっくりして変な声が出る。
慌てながら、その糸へ恐る恐る触れてみると――。
しゅるり。
「あっ」
糸は、溶けるみたいに消えてしまった。
「えぇ……」
思わずしょんぼり肩が落ちる。
これじゃ縫えないよぉ……。
でも、さっきの感覚はちゃんと残っていた。
糸を出した時、なんとなくだけど、自分の中で“こういう糸”ってイメージしていた気がする。
だったら。
今度はもっと、ちゃんとした糸を思い浮かべれば――。
寧々はもう一度集中する。
強くて。
細くて。
ちゃんと縫える糸。
自分がいつも使ってる裁縫糸を思い浮かべながら、ゆっくり魔力を流す。
「……っ」
すると、さっきよりもしっかりした糸が指先から伸びた。
恐る恐る触ってみても、今度は消えない。
「……!」
少しだけ目が輝く。
引っ張ってみても簡単には千切れなかった。
逆に、“ここで切りたい”って思うと、ちゃんとその場所で糸が切れる。
「す、すごい……」
まるで、自分の指がそのまま糸になったみたいだった。
寧々はすぐに、自分の裁縫箱を机の横から引っ張り出す。
昔から使ってるお気に入りの裁縫セット。
その中から針を取り出して、試しに魔力の糸を通してみる。
するり。
「……できた」
普通の糸みたいに、ちゃんと針へ通せた。
嬉しくなって、そのまま近くにあったクマのぬいぐるみである『熊太郎』のほつれを縫ってみる。
ちく。
ちく。
いつもと同じ裁縫のはずなのに、魔力の糸を使ってるだけで全然感覚が違った。
「た、楽しい……」
思わず、そんな声が漏れる。
気付けば寧々は、その日ずっとぬいぐるみ相手に操糸術の練習を続けていた。
糸を細くしたり。
長く伸ばしたり。
途中で切ったり。
針を使わずに動かせないか試してみたり。
夢中だった。
スマホを見る時間も。
ぼんやり落ち込む時間も。
寝る時間さえ少し削ってしまうくらいに。
気付けば寧々は、『操糸術』っていう新しい遊びに、すっかりハマってしまっていた。
◇
そこから寧々は1ヶ月の間、自分の部屋に引きこもって『操糸術』と『裁縫術』を“ずっと”使い続けた。
毎日毎日、夢中で練習の相手にしていたぬいぐるみたちは、見た目こそいつも通りで変わらないけれど、実は寧々の生み出した魔糸でがっちりと頑丈に補強されている。
特に、一番お気に入りの熊太郎は凄いことになっていた。
全体の補強を完璧に終わらせた上に、首の部分には新しく綺麗な青いリボンを丁寧に縫い付けた。
あの、勇気を出して探索者登録証を取りに行った日に、自分のお小遣いで買った大切な手芸用品たちも、やっと寧々の洋服に取り付けることが出来たんだ。
大好きなゴスロリ調のワンピースには、買ってきた黒のレースをあしらい、袖口には控えめなリボンを取り付けて、胸元には存在感のある黒薔薇のコサージュもしっかりと縫い付けた。
ただ見た目を可愛く飾っただけじゃない。
魔糸を使って補強が出来そうな部分は、表からは見えない細かい裏地まで全て補強してある。
それから、ワンピースの下に穿くペチコート。
これもレースを縫い付けて、同じように魔糸を何度も通して補強した。
もう一つのお気に入りだった黒猫のアクセントパーツだけど、これはお出かけ用のショートブーツの、足首の辺りにワンポイントとして縫い付けてみた。
最後に、首元を飾るチョーカー。
これにも統一感を出したくて、黒薔薇の飾りをちょこんと縫い付けた。
これらは全部、お店で売っているようなただの糸で縫ったものじゃないんだ。
【名前】枢木寧々
【ジョブ】魔糸使い
【レベル】1
【HP】20/20
【MP】10/10
【筋力】G(1+2)
【耐久】G(1+8)
【敏捷】G(1+3)
【器用】G(18+9)
【知力】G(2)
【魔力】G(10+4)
【運 】G(4)
【装備】
■武器:黒鉄のナイフ(筋力+1 / 器用+2)
■武器:黒鉄のナイフ(筋力+1 / 器用+2)
■頭部:魔糸編みのヘッドドレス(器用+1 / 魔力+2)
■身体①:黒薔薇のゴシックワンピース(耐久+4 / 器用+2)
■身体②:魔糸編みフリルペチコート(耐久+2 / 器用+2)
■靴:黒猫ショートブーツ(敏捷+3 / 魔力+2)
■アクセサリー①:黒薔薇のチョーカー(耐久+2 / 魔力+3)
■アクセサリー②:熊太郎【耐久】12
【スキル】
■操糸術 Lv.2
■裁縫術 Lv.2
毎日頑張って使い続けたおかげで、2つのスキルはどちらもスキルレベルが2に上がっていた。
その強化された魔糸で隅々まで補強した洋服には、ちゃんと補正値がついてるんだと思う。
まだ実際のダンジョンに入ってモンスターと戦ったわけじゃないから、本当に強化されているのかは分からないけれど……。
ただ、一つだけびっくりしたのが、熊太郎がなぜかアクセサリー扱いになっちゃったこと……。
でも、確かに魔糸だらけになった熊太郎は、他のどの洋服よりもたくさんの魔糸を注ぎ込んで縫い上げている。
一生懸命に魔力を込めて縫っているうちに、こういう扱いになってしまったのかなって思う。
部屋にいる他のぬいぐるみたちも、同じように寧々の魔糸だらけになっている。
それから探索用に持っていくためのリュックも、同じように魔糸を通してがっちりと頑丈に仕上げておいた。
有原さんのお店で買った黒鉄のナイフも、今では指先から出した魔糸にくくりつけて、思った通りに動かせるようになってきた。
最初と違って、一度に出せる糸の本数も4本まで増えてくれている。
探索者になると自分の心に決めてから1ヶ月、部屋の中で出来る限りの準備がようやく整った。
でも、実際に初めてのダンジョンへ探索に出かけるのは、今日じゃない。
明日なんだ。
今日は、寧々が新しく生まれ変わるための最後の準備をする日。
ずっと部屋に閉じこもっていた、今までの弱かった枢木寧々を、ちゃんと変えるんだ。
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