武器を買いました
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
上野――不忍池付近。
スマホのナビの画面に表示された『上野ダンジョン』の場所は、寧々が昔、何度も通ったことのある思い出の場所だった。
不忍池のすぐ近く。
前は、子供向けの遊具がいくつか置かれていた場所。
池いっぱいに広がる蓮の葉をぼんやり眺めながら、ベンチに座ってのんびり過ごしている人たちもよく見かけた。
ゆっくり歩きながら、寧々はぼんやりと池の方に視線を向ける。
……蓮、いつ頃咲くんだろ。
そんなことを考えてしまうくらいには、区役所を出てから寧々の緊張は少しだけほぐれていた。
でも、目的の場所に近づくにつれて、そこに見慣れた穏やかな景色は残っていないことに気付く。
「……ぁ」
遠くからでも、はっきりと分かった。
周囲は金属フェンスみたいな囲いでしっかり封鎖されている。
ニュースで見た“ダンジョン”そのままの光景だった。
ダンジョン入口の近くまで来ると、前にあった遊具は完全に撤去されていた。
代わりに建てられていたのは、白いプレハブみたいな四角い建物。
その入口の横には『探索者受付』という黒い文字が並んでいる。
「た、たぶん……ここ、だよね」
恐る恐る近づいて、中を覗き込む。
自動ドアじゃなくて、普通に自分の手で横に引いて開けるタイプのガラス扉。
ガラス越しの中には小さなカウンターと、椅子が置かれた簡単なロビーみたいなスペースが見えた。
その奥の様子までは見えないけれど、まだ何か別の部屋が続いているみたい。
そして建物のすぐ横には、もう一つ、少し大きめのプレハブ店舗が並んで建っていた。
入口の看板に書かれているのは、『探索者ショップ・買取所』……たぶん、ここが講習で聞いていた場所だ。
講習で聞いた、探索者向けのお店。
魔石を売ったり、装備を買ったりする場所……たぶんここで合ってるはず。
でも、寧々は入り口のドアの前で、少しだけ足を止めてためらってしまう。
……こ、怖そうなおじさんの探索者とかが中にいたらやだな。
ちょっと失礼なことを考えながら、そっとドアを開けた。
「……っ」
中は思ったより広かった。
プレハブなのに、中はちゃんとした専門店みたいに整理されている。
物騒な刃物が並ぶ武器コーナー。
ゴツゴツした防具コーナー。
怪しげな液体が入った回復ポーションとかが棚に並んでるアイテムコーナー。
それぞれ綺麗に分けられていて、独特な匂いが鼻をかすめた。
冷たい金属と、硬い革と、薬品が混ざったみたいな、嗅いだことのない匂い。
お会計のレジとは別に、素材の買取用らしいカウンターもある。
たぶん探索者たちは、隣のダンジョンから戻ってきたあと、すぐにここで素材を売ってお金に変えるんだと思う。
「……あっ」
そして、やっぱり。
その買取用のカウンターの奥には、ちょっと怖そうなおじさんが座っていた。
体の幅が大きいし、出ている腕もびっくりするくらい太い。
どうしよう、怖くてなんにも質問できないかも……。
寧々が入り口の近くでおどおどしていると、そのおじさんのほうが先に、明るい笑顔で声をかけてくれた。
「いらっしゃい!」
「……っ」
「お嬢ちゃん、何か探してるのか?」
見た目の大きさとは違って、思ったよりもずっと優しい声だった。
「あ、えっと……」
寧々は慌てて、俯きながら被っていたキャップのツバをさらに深く押さえる。
「た、探索者登録を……し、してきたので……い、色々、見にきました……」
「お、探索者になったばっかか」
おじさんは少し驚いたみたいに目を丸くしたあと、にっと笑った。
「若いのに頑張るねぇ。分かんねぇことあったら何でも聞きな。ゆっくり見てってくれよ」
「……は、はい」
その笑顔を見て、寧々は少しだけ肩の力を抜いた。
よかった……怖い人じゃなかった。
寧々はまず、体を守るための防具コーナーを順番に見て回る。
「うわぁ……」
並んでいる商品の値札を見て、思わず小さく声が漏れてしまった。
「た、高い……」
棚に並んでいるのは、映画やゲームで見るみたいな硬い金属鎧や、黒い革の胸当て。
しっかりした腕当てに、頑丈そうな膝当て。
ちょっとした部分の装備でも、何万円もするお値段がついている。
ママから自由に使いなさいって渡されてるカードはある。
でも、学校にも行ってない寧々が、こんな大金を勝手に使っていいのか分からなかった。
それに――……何より、全然かわいくない。
銀色でゴツゴツしていて、女の子っぽくない。
見るからに重そうだし、なんだか全部同じデザインに見える。
せっかく身につけて探索に出るなら、寧々は自分の好きな、可愛いものがよかった。
その時、片山さんの言葉を思い出す。
『魔力の糸でお洋服や装備そのものを、自分の手で新しく補強することも可能かもしれませんよ』
「……そっか」
こんなかわいくない防具を無理に買わなくても、自分の洋服を糸で補強すればいいんだ。
だったら今必要なのは、戦うための武器と、最低限のアイテムだけ。
でも、本当にそんな都合のいいことできるのかな。
少し不安になって、寧々は勇気を振り絞って、もう一度さっきのカウンターへ向かって歩いた。
「す、すみません……」
「お、どうした?」
寧々は自分のジョブとスキルを説明してみる。
「じ、自分で……装備を補強したりって、できるんですか……?」
「なるほどなぁ」
おじさんは腕を組みながら考える。
「でも、お嬢ちゃん、自分で答え言ってるじゃねぇか」
「……ぇ?」
「その操糸術ってスキル。“強度や性質が変わる”んだろ?」
「あ……」
言われて気付いた。
ほんとだ。
「スキルってのは、使えば使うほどレベルが上がるらしいからな。だったら試しまくればいい」
おじさんはニヤッと笑う。
「使って、縫って、補強して。そうしてるうちに、ちゃんと防具になっていくだろ」
「た、たしかに……」
「面白ぇジョブだな、魔糸使いってのは。聞いたことねぇ」
「ね、寧々も……びっくり、しました」
「お、寧々ちゃんっていうのか」
おじさんは豪快に笑った。
「魔糸使いの寧々ちゃん、覚えとくわ。俺は有原だ。よろしくな」
「あ、有原さん……お、お願いします……」
ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、寧々は普通に会話できていた。
だから、もう少しだけ聞いてみる。
「い、糸に武器を括りつけて……攻撃とか、できると思いますか……?」
「いい考えじゃねぇか、それ」
有原さんは寧々のアイデアを褒めると、すぐに椅子から立ち上がった。
「こっち来な」
案内されたのは、ガラスケースの中にナイフや短剣がずらりと並ぶ武器コーナーだった。
「おすすめはこれだな」
有原さんがケースの中から手に取ったのは、黒っぽい刃をしたナイフだった。
「黒鉄のナイフ。寧々ちゃんみたいなタイプなら、重い武器よりこっちのが扱いやすい」
そう言って、柄のほうを寧々に向けて手渡される。
「ま、持って戦うわけじゃねぇかもしれんが、一回持ってみ」
「……っ」
受け取った瞬間、ひやりとした重みが掌へ伝わった。
鈍く黒い光を放つ刃。
これで、本当にモンスターを倒すんだ。
そう思うと、片手に収まるくらい小さいのに、妙に重たく感じられる。
値札を見ると、18000円。
「……」
やっぱり、寧々にとってはすごく高い。
でも、生き残るためには必要なものだ。
「あ、有原さん……よ、予備の武器って、あったほうが……いいですか……?」
「うーん、そうだなぁ」
有原さんは顎を撫でる。
「戦闘中に武器が壊れたり落とした時、丸腰になるのは危ねぇからな。でも、お財布の方は大丈夫か?」
講習で言われた、体力を治すポーションも買いたい。
でも……自分でやるって、ここから変わるって決めたんだもん。
「……お、怒られたら、ママに謝ります」
「ガハハッ!」
有原さんは大笑いした。
「いい覚悟してんじゃねぇか。なんかあったら俺のせいにしとけ」
結局、寧々は進められた黒鉄のナイフを2本。
それと、怪我をした時用のHP回復ポーションを4本購入することにした。
合計で、48000円。
「ひぇ……」
印字されたレシートの数字を見て、寧々はちょっとだけ背中が震えた。
でも、必要な経費。
うん。
これは自分を守るための必要経費なんだ。
それに、貯めてたお小遣いもあるし、もう1軒行きたいお店もあるし。
そっちのお買い物は、自分のお金でちゃんと買おう。
さっき貰ったばかりの探索者登録証を提示して、カードでお会計を済ませる。
「またいつでも来な!」
有原さんは最後まで優しい笑顔のままだった。
寧々は嬉しくなって、ぺこりと小さく頭を下げる。
「ぁ、ありがとうございました……!」
ショップを出ると、外の空気が少しだけ暖かかった。
今日は、ちゃんと外に出てよかった。
優しい人たちばっかりで、少し安心した。
それに、家を出た時みたいな、足の重さももうない。
寧々は小さくバッグを抱え直すと、次の目的地へ向かって歩き出した。
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