探索者になりました
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「以上で、講習を終わりますね。何か分からないことや、質問はありますか?」
講習を担当してくれたのは、最初に受付をしてくれた職員さん――片山さんだった。
結局、この時間に講習を受けていたのは寧々ひとりだけ。
小さな会議スペースに響く片山さんの声を真剣に聞きながら、寧々は膝の上でずっとリュックの紐をぎゅっと抱きしめていた。
講習の内容は、ダンジョン内での基本的な行動のルール。
それから、探索者用のショップや素材の買取所の説明。
モンスターから落ちるドロップアイテムの扱い方。
最後には、実際の戦闘を録画した動画を使った、簡単な講義なんかもあった。
鋭い剣を構えたり、重そうな盾で敵の攻撃を受け止めたり。
映像の中では、本物の探索者たちが慣れた格好いい動きで不気味なモンスターと戦っていたけれど、正直なところ、寧々にはあまり実感が湧かなかった
……だって、寧々のジョブって、糸だし。
剣でも魔法でもないのに、どうやって戦えばいいのか、全然想像がつかない。
それでも、聞いておきたいことはあった。
寧々はおそるおそる手を挙げる。
「た、たとえば……動画にも出てきた、スライムを倒したら……い、いくらくらい、になりますか……?」
「そうですね」
片山さんは柔らかく頷きながら答えてくれる。
「スライムからは『極小魔石』と呼ばれる魔石がドロップします。買取価格は、現在だと1つ800円前後ですね」
「は、800円……」
思わず小さく声が漏れた。
1体倒すだけで、そんなに……?
「それ以外にも、『スライムゼリー』や『スライムの核』などの素材がドロップする場合があります」
片山さんは端末を確認しながら続ける。
「個体差や買取価格の変動はありますが、1体で800円から1600円くらい、と考えていただければ大丈夫ですよ」
「……す、ごい」
それだけで、そんなに稼げるんだ。
けれど、すぐに胸の奥が少しだけ冷える。
……いや。
それって、命懸けってことだよね。
簡単に貰えるお金じゃない。
動画の中でスライムに押し倒されていた人の映像を思い出して、寧々はぎゅっと指先を握った。
「あ、ありがとうございます……。あ、あと……もう1つ、いいですか……?」
「もちろんです」
片山さんは嫌な顔ひとつせず頷いてくれた。
講習が始まる前。
片山さんに言われた通り、寧々は一度『ステータス』の確認を試していた。
頭の中で小さく強く念じた、その瞬間。
寧々の目の前に、淡い半透明のウィンドウみたいなものが、ぽうっと突然浮かび上がったのだ。
「な、なにこれ……」
あまりにも現実離れしていて、本気でびっくりした。
ゲームみたいな画面。
そこには、寧々自身の情報が表示されていた。
【名前】枢木寧々
【ジョブ】魔糸使い
【レベル】1
【HP】20/20
【MP】10/10
【筋力】G(1)
【耐久】G(1)
【敏捷】G(1)
【器用】G(18)
【知力】G(2)
【魔力】G(10)
【運】G(4)
【スキル】
■操糸術 Lv.1
魔力の糸を操る。
スキルレベルが上がることで、強度や性質などが変わる。
■裁縫術 Lv.1
糸を用いて対象を縫い合わせ、強化したり損傷を修復するスキル。
布・革・人形などの人工物に使用可能。
……これが、寧々の力。
でも。
何度見つめ直してみても、これでまともにモンスターと戦える気がしなかった。
筋力だって、敏捷だって、壊滅的に低い。
どう考えても、戦うタイプじゃない。
だから寧々は、不安なまま片山さんにその画面の内容を打ち明けた。
「か、片山さんなら……こ、このスキルで、どうやって戦いますか……?」
「そうですね……」
片山さんは少しだけ考えるように視線を動かしたあと、ゆっくり口を開いた。
「まず正直にお伝えすると、枢木さんのステータスは、あまり戦闘向きではありません」
「……っ」
はっきりと言われたその言葉に、寧々は悲しくなって思わず視線を床へと落とす。
やっぱり。
寧々は、戦う才能なんてない弱い子なんだ。
でも。
「ただ、使い方次第では十分戦える可能性はあると思います」
「……ぇ?」
ぱっと顔を上げる。
片山さんは優しく微笑んだまま続けた。
「ダンジョンで重要なのは、単純な筋力だけじゃありません」
「枢木さんの場合、筋力・耐久・敏捷はかなり低いです。ですが、その代わりに器用と魔力が高い」
画面を指で示しながら説明してくれる。
「そこに、この『操糸術』です。もし私なら、見えない魔力の糸で敵の足を絡めとって拘束しつつ、別の糸の先に武器を括りつけて、遠隔から安全に攻撃を仕掛けますね」
「ぶ、武器を……」
「はい。複数操作ができるかは、わからないですが」
その言葉を耳にした瞬間。
寧々の頭の中に、今まで真っ暗だった戦うイメージが、ほんの少しだけ鮮やかに浮かび上がった。
魔力の糸。
鋭いナイフ。
それから、お部屋にいる大好きなクマのぬいぐるみの熊太郎。
自分の指先の動きに合わせて、糸が生き物みたいに空中を動く光景。
「それと――」
片山さんは、さらに続ける。
「先ほどの講習で、装備の重要性について説明しましたよね?」
「は、はい……」
「武器や防具は、ダンジョンのドロップ品として入手できる場合があります。ですが、それ以外にも『鍛冶師』や『裁縫師』など、生産系ジョブによって作られた装備も存在しています」
「……!」
「そこで、枢木さんの『操糸術』と『裁縫術』です。お裁縫はお好きなんですか?」
「は、はい……。それだけが趣味です……」
片山さんは寧々へ温かい視線を向けた。
「魔力の糸でお洋服や装備そのものを、自分の手で新しく補強することも可能かもしれませんよ」
「きょ、強化……寧々の手で、ですか……?」
「はい。糸で細かく縫い込むように補強したり、魔力を通したり。試してみる価値は十分にあると思います」
その発想はなかった。
探索者って、戦うことばかり考えてたから。
「もしそれが上手くいけば、枢木さんは自分で戦闘もできて、自分の大切な装備も自由に整えられる、素敵な探索者になれるかもしれませんね」
「あ……」
なんだろう。
さっきまでぼんやりしていたものが、少しだけ形になった気がした。
寧々にも、できることがあるかもしれない。
「あ、ありがとうございます……。ちょっと……イメージ、できたかも……です」
「よかったです」
片山さんはふわりと笑う。
「剣士にも色々な戦い方があるように、同じジョブでも人によって全然違います」
そして、優しい声で続けた。
「枢木さんだけの『魔糸使い』になってくださいね」
「……はい」
その言葉が、胸の奥へじんわり残った。
片山さんは机の引き出しからカードケースを取り出す。
「こちらが探索者登録証になります」
「……!」
差し出されたカードを、寧々は両手で受け取った。
小さなカード。
そこには、自分の名前と探索者番号が記載されている。
「ダンジョンへ入る際に必要になります。それと、各層にある転移石へこれをかざすことで、登録済みの階層へ移動できます」
「て、転移……すごいです……」
「大切なものですから、なくさないように気を付けてくださいね」
「は、はい! 本当に……ありがとうございました……!」
寧々は慌てて頭を下げた。
片山さんは最後まで優しく笑ったまま、小さく手を振って見送ってくれる。
講習の中で、ダンジョンの近くにはショップや買取所が併設されているって聞いた。
……行ってみようかな。
ここから一番近いダンジョンは、上野ダンジョン。
不忍池の近くにできたって言ってた。
まだ弱い。
怖い。
でも。
――寧々は、もう探索者なんだ。
ぎゅっと探索者登録証を握りしめながら、寧々はゆっくりと台東区役所をあとにした。
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