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人形姫は愛されたい  作者: 道雪ちゃん


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2/22

はじめの一歩を踏み出しました

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

 このままだと、ずっと引きこもったままだ。


 寧々も変わるなら今しかない。


 そう思った時には、もう自室のパソコンで申請書類を印刷していた。


 久しぶりにリビングへ降りると、窓から差し込む昼の光がやけに眩しく感じた。


 カーテンの閉まった薄暗い部屋に慣れていたせいで目が痛くて、思わず視線を床へと落とす。


 テーブルの上には、いつ淹れたのかも分からない飲みかけのコーヒーと、乱雑に置かれた仕事用の書類。


 母はソファへ座ったまま、忙しそうに手元のスマホを操作していた。


 寧々が階段を降りて部屋から出てきたことにも、最初は気付いていないみたいだった。


「……ぁ」


 喉が詰まる。


 胸の奥がひどく落ち着かない。


 家族と話すだけなのに、どうしてこんなに息が苦しくて、怖いんだろう。


 抱えていた書類の端を、指先でぎゅっと握り締める。


「マ、ママ……」


 ようやく絞り出した声に、母がスマホから顔を上げた。


「ん?」


 その視線がこちらに向くだけで、肩がびくりと揺れる。


「ね、寧々……た、探索者に、なろうと……思うの……」


 途切れ途切れになりながら、なんとか震える声で言い切る。


 母は少しだけ目を丸くしたあと、すぐにいつもの無表情へ戻った。


「そうなの?」


 興味があるのかないのか、よく分からない、抑揚のない声だった。


「わかったわ。準備は渡してあるカードで揃えなさい」


「……ぇ」


 あまりにもあっさりしていて、逆に言葉が出なかった。


 止められるかもしれないと、どこかで思っていた。


 危ないからやめなさいとか。


 外に出られるの、とか。


 そういう言葉を、ほんの少しだけ想像していたのに。


「パ、パパには……れ、連絡……」


「要らないわよ」


 言葉を被せるように返ってきた声に、寧々は小さく肩を震わせた。


「どうせ帰ってこないんだから」


「……っ」


 いつになく、刺々しい声だった。


 仕事か何かで嫌なことでもあったのかな、とぼんやり思う。


 けれど、それ以上は聞けなかった。


 聞いていい空気じゃないことくらい、寧々にも分かる。


 寧々は抱えていた紙を、おそるおそる差し出した。


「み、未成年は……こ、これ……ひ、必要、みたいで……」


 探索者登録用の承諾書。


 母はそれを受け取ると、小さくため息を吐いた。


「はぁ……」


 その音に、胸の奥が少しだけ痛む。


 けれど母は特に何も言わず、ペンを走らせて名前を書いた。


 さらさらと。


 本当に、それだけだった。


「じゃあ、会社戻るから」


 書類をテーブルへ置き、母は手際よく鞄を持って立ち上がる。


「あ……」


 引き止める言葉は出なかった。


 何を言えばいいのかも分からない。


 そのまま、母は振り返ることなく玄関へ向かっていく。


 パタン。


 静かな音を立ててドアが閉まった。


 寧々はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。

 手元には、サイン済みの承諾書。


 探索者になれるための紙……のはずなのに。


 胸の奥の重たいものは、結局そのままだった。





 外に出る。


 たったそれだけのことなのに、胸の奥が重たかった。


 玄関の向こうにある世界が、ひどく遠く感じる。


 クローゼットを開ける手も、なんだか上手く動かなかった。


 ……何を着ればいいんだろう。


 そんなことすら、すぐには決められない。


 制服じゃない。


 部屋着でもない。


 外へ出るための服なんて、ずっと考えてこなかったから。


 できれば、誰にも見られたくなかった。


 同級生とか。


 昔の知り合いとか。


 もし会ったらと思うだけで、お腹の奥がきゅっと縮こまる。


 だから今日は、なるべく自分を隠せる服を選んだ。


 普段好きで着ていたフリル付きのロリータ服や、黒を基調にしたゴスロリの服は、ずっとクローゼットの奥に掛けられたまま。


 代わりに手に取ったのは、大きめの黒いパーカーだった。


 袖が少し余るくらいのサイズ感が、ちょっとだけ落ち着く。


 キャップも深く被って、鏡を見上げる。


「えぇっと……よし、大丈夫」


 小さく呟いてみる。


 ……全然、大丈夫な気はしなかったけど。


 リュックの中には、何度も書き方を確認しながら記入した申請書類。


 身分証。


 それから、ママに書いてもらった同意書。


 忘れ物がないか確認してから、スマホを開く。


 目的地は、台東区役所。


 マップに表示されたルートを指でなぞる。


 上野公園の中を通って、徒歩で20分くらい。


「に、20分……」


 思わず声が漏れた。


 普段ほとんど部屋から出ないのに、ちゃんと歩けるのかな。


 途中で気分悪くなったりしないかな。


 人が多かったらどうしよう。


 考え始めると、不安ばっかり浮かんでくる。


 でも。


 ここまで動けた。


 申請書を書いて。


 ママに話して。


 外へ出る準備までできた。


 だったら、もう少しだけ頑張ってみたい。


 寧々は小さく息を吸って、玄関のドアノブへ手を伸ばした。


 久しぶりに開ける扉は、重たいようで……思っていたより、ずっと軽かった。


「……ぁ」


 目の前に広がっていたのは、綺麗な青空だった。


 春の風が、ふわりと頬を撫でていく。


 変わりたい。


 そう思った寧々の背中を、少しだけ押してくれている気がした。


ブックマーク、リアクション、評価をしていただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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