私だけ取り残されました
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
スマホの画面の隅で、目まぐるしく更新されていく投稿の波が、一向に止まる気配を見せない。
ガラスの画面に指を滑らせるたびに、どこかの誰かが吐き出した熱を帯びた言葉が、次から次へと視界に飛び込んでくる。
@たつき
ついにファンタジーがこの世界で現実となった
これで俺も主人公になれる
@リコピン
一般にもダンジョンを開放だって!
探索者登録しに行かなきゃ!
画面の向こうにいる人たちは、みんな本当に楽しそうだった。
世界が、ガラガラと音を立てて変わっていく。
これから自分の人生が劇的に変わるのだと、誰もが本気で信じている。
そんな浮き足立った空気が、冷たい画面越しにもひりひりするほど伝わってきた。
ダンジョン。
モンスター。
スキル。
ジョブ。
テレビをつけても、ネットニュースを見ても、街を歩く人たちの会話を聞いても、その話題ばかりだった。
突然この世界に現れた謎のダンジョンは、発生当初こそ混乱を避けるために各国で厳重に封鎖されていたらしい。
けれど、自衛隊や政府の専門組織が調査を進め、その奥から持ち帰った特別な物が、世界を一変させた。
『解析』の魔道具。
それを使うことで、人は自分が持つ力を明確な数値として知ることができるようになった。
ステータス。
ジョブ。
スキル。
まるでゲームみたいな概念が、空想ではなく本当に存在していたのだ。
調査に参加していた隊員たちの中には、人間離れした力に目覚める者も少なくなかったという。
特に、生産系スキルを持った人材は国に集められ、新しく作られた研究機関へ優先的に所属させられたらしい。
未知の魔道具。
新しい技術。
常識では考えられないような物まで、次々と生み出されているとニュースで見た。
そして今日。
ついに探索庁が、噂され続けていたダンジョンの一般開放予定を正式に発表した。
最寄りの自治体で探索者登録を行い、解析魔道具による適性確認を受けた人間だけが、正式な探索者としてダンジョンへ入れるようになる。
ネットのタイムラインは、お祭りみたいにその話題で埋め尽くされていた。
みんな、心から期待していた。
これから始まる、新しい時代を。
「……いいなぁ」
ぽつりと漏れた声は、誰にも届かないまま静かな部屋に溶けていく。
寧々は乱れた布団の上で小さく膝を抱えながら、ぼんやりとスマホの画面を見つめた。
昼間なのに、カーテンは閉め切られたまま。
薄暗い部屋の中には、使い込まれた裁縫道具と、いくつもの服と人形が散らばっていた。
壁に掛けられた手作りの服。
ぽつんと座るクマのぬいぐるみ。
棚に並べられた小さな人形たち。
どれも寧々の手で何度も縫い直されていて、継ぎ目が多い。
いつの間にか身についた技術であり、唯一の趣味。
ぬいぐるみや服を作っている時だけは、それだけに集中できて、嫌なことを考えずにいられた。
寧々はすぐ隣に転がっていたクマの人形を、逃げるようにそっと抱き寄せた。
柔らかい感触だけが、頼りなく腕の中に沈んでいく。
「……みんな、すごいねぇ」
スマホの向こうでは、顔も知らない誰かが未来を語っている。
探索者になりたい。
有名になりたい。
ダンジョンで稼ぎたい。
強くなりたい。
そんな前向きな言葉ばかりが溢れていた。
羨ましかった。
あんな風に、何かを楽しみにできることが。
明日を待ち遠しいと思えることが。
今の自分には、もうどこにも残っていなかったから。
中学校に行かなくなったのは、いつからだっただろう。
最初は、本当に些細なことだった。
陰口。
無視。
笑い声。
気付けば、教室のドアをくぐるだけで息が苦しくなって、人の視線が怖くなっていた。
両親は共働きだった。
忙しかったのだと思う。
だけど、それだけではなく、寧々に興味がないのかもしれない。
寧々が学校へ行かなくなっても、この部屋から出なくなっても、何も言わなかった。
そのまま中学を卒業してしまっても。
「……高校だって、行ってないし」
膝に顎を乗せたまま、小さく呟く。
季節は春だった。
真新しい制服を着た学生たちを窓の外に見かけるたび、胸の奥がざわつく。
自分だけが、濁った水の底で止まったままだった。
なのに世界は、寧々を置き去りにしたまま勝手に変わっていく。
ダンジョンなんていう異質なものまで現れて。
みんな、前を向いて歩いている。
この部屋に閉じこもった寧々だけを置いて。
「…………」
動かない指先で、スマホの画面を見つめる。
探索庁、一般探索者登録について。
受付開始予定日と、必要書類。
適性確認。
説明会。
白黒の文字が並ぶ案内ページを開いたまま、寧々はしばらく動かなかった。
ただ、青白い画面の光だけが、静かな部屋をぼんやりと照らしていた。
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よろしくお願いいたします。




